14 一網打尽

 新生浩満は一礼をしてディスプレイの老人たちに背を向けた。

 黒い部屋を切り取るように光が差し込みドアが開く。

 そこからラバースの若社長は出て行った。


 ディスプレイの中の老人たちは新生浩満がいなくなった後もそのまま歓談を続けていた。

 主に話すのはラバース社に対する愚痴と、若くして権力を握った社長への中傷である。


『おや?』


 しばらくして閉まったはずのドアが開いた。

 老人たちはそちらを見て申し合わせたように一斉に口を噤む。

 が、現れた人物が新生浩満ではないことを確認すると物珍しそうな声をあげた。


『これはこれは、外部の人間の立ち入りとは』

『心配はないと言ったばかりなのにのう。やはり若造の言うことは当てにはできんな』


 ありえない人物が現れたという異常事態の発生。

 にも拘らず老人たちは面白がっていた。


 所詮は遠く離れたモニターの中の出来事である。

 この事態は新生浩満の失敗でしかない。


『それで、こんなところまでやって来たあなたは何をするつもりかな? アリスさん』


 長い前髪で顔の半分を隠した小柄な少女。

 被験者の身でありながら運営暗部の奥深くまで足を踏み入れた人物。


 それはかつて三帝と呼ばれた者。

 旧校舎の女王アリスであった。


『せっかくだから少し話を聞かせてくれないか? 被検体の生の声に触れられるのは貴重な体験だ。君はこの実験を通じて君は何を思い、何のために戦ったのだろうか』


 かつて収賄の疑いで世間を騒がせたが、数年後には何事もなかったかのように閣僚入りした大物政治家が、心底から楽しそうにアリスに向かって質問を投げかける。

 この集まりでもトップクラスの社会的地位を持つ人物だが、彼の言葉をアリスは完全に無視した。


「あなたに聞きたいことがある」


 アリスは右端のモニターに映った人物だけを真っすぐに見ていた。


『ん、ワシか?』


 反応が鈍かったのは男もまさか自分が話しかけられるとは思っていなかったからだろう。


 彼はラバース社の先代社長が事業を始めて間もない頃からのビジネスパートナーだった人物だ。

 しかし前世紀から続く不景気で経営する企業は傾き、今は半ばラバースに乗っ取られている。


 集まりの中でも社会的影響力は低く、この集まりでもまともに発言をしたこともない。

 ほとんど個人的縁故だけで会に出席しているような人物である。


 他の老人たちは「なぜ奴が」という顔で視線をやや右下に向けていた。

 画面の向こうのその位置に彼の姿を映すモニターがあるのだろう。

 誰にとってもたいして注意を払う価値のない人物なのだ。


「玄宗製作所って知ってる?」

『んー、うちの傘下にそんな名前の子会社があったような……』


 男の返答は今ひとつハッキリしない。

 すでに自社の事業への興味すら薄いようだ。


「八年くらい前までそこで働いていた乙木っていう人を覚えている?」

『そんなの知らんよ。末端の一従業員の名前までいちいち覚えてられるか』


 男は即答した。


「そう」


 アリスの表情に変化は見られない。

 だが、どことなく落胆したような風な雰囲気がある。


『アリスちゃん、そんなことはどうでもいいから私と話をしよう。私は赤坂綺の次に君のファンでね。君のナイフ術にはいつも惚れ惚れとさせられていたよ。あまり活躍の機会がなかったのが残念だが、ヘルサードの密偵を斬殺した時は思わず興奮して……』


 さっきの大物政治家が懲りもせずにアリスへ話しかけてくるる。

 アリスは応えず、代わりにディスプレイの真下にある装置に手を伸ばした。


『おーい。返事をしてくれよ、アリスちゃーん』

「もういい、さよなら」


 アリスのJOY≪雷皇の楽園サンダーランド≫は電気を操る。

 それは単に電撃を放つだけの能力ではない。


 電流が流れる物質へ意識の蔦を伸ばすことができるのだ。


 いわば無数の端末と繋がる自前の電子ネットワーク。

 アリスはL.N.T.で暮らすほとんどの時間でこの能力を使用し、自前のパソコンから様々な情報を得てきた。


 その成果がJOYインプラントの技術の完成であり、ミス・スプリングでさえ見つけられなかった最高機密部屋に入り込む手段であった。


 意識の蔦を伸ばすのは非常に精神力を使う。

 ただし、相手の姿が見えている場合は単純な操作で対象までたどり着くことができる。


 そして伸ばした意識の蔦は視覚範囲内で簡単に元の形に戻せる。

 電撃という形に。


『ぎゃああああああああああああああああっ!』


 老人たちの絶叫が響き渡る。

 何百キロ離れた場所に居ようが関係ない。

 有線で繋がっているならアリスにとっては目の前にいるのと同じことである。


 電撃にさほどの威力はない。

 だが一般人、それも枯れかけた老人たちには十分に致命傷となる。

 目の前のコンピューターの電源を落とせば電撃は防げるが、痺れた頭ではそれも思いつかないだろう。

 この集まりは非常に機密性が高く、あくまで個人としての時間を利用しているため、彼らは傍に助けを求められる人物も置いていなかった。


 結果、あらゆる対処を行う前に老人たちはみな焼け死んだ。

 躯がディスプレイの向こうに放置され、醜悪な声も聞こえなくなった。


 部屋の中のすべての電源が落ちる。


「……パパ。必ず生き返らせてあげるからね」


 国家を揺るがすほどの規模で各界の大物たちを一網打尽に暗殺したアリス。

 そんな大業にはまるで頓着せず、溶け込むように闇の中に消えて行った。

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