5 能力研究の起源
「ふう」
二階の自室にて。
エイミーはベッドに腰掛けため息を吐いた。
生徒の前で無理に張っていた気が一気に抜ける。
やっぱり、自分には学園長なんて職務は似合っていないと思う。
もともと責任感も持ち合わせていなければ、人をまとめる魅力もないというのに。
ここ最近の体調不良は偽りなどではない。
しかし、どちらかと言えば精神的なものが原因だ。
塞ぎこんでいたという方が正しいだろうか。
ストレスの原因は、今の生活にあるのは明白だった。
※
エイミーは天然のSHIP能力者だった。
それは、彼女の恋人であるヘルサードも同様である。
当時はSHIP能力という名称はまだつけられていなかったが。
自分たちの持つ力の正体もわからないまま、二人は自由奔放な学生時代を過ごしてきた。
そんな二人は高校を卒業後、エイミーの母親が務める製薬会社で能力研究の手伝いをすることになる。
研究目的は人工的に能力を引き出すこと。
今で言うジョイストーンの開発である。
ところが、彼女の母親は実験中の事故で命を落としてしまう。
さらにその製薬会社も違法な研究をしていたとして摘発を受けてしまった。
実験に協力していたエイミーやヘルサードらの能力者も警察から追われる立場になった。
そんな時だった、ラバース社の新生浩満に声を掛けられたのは。
「実験都市を作るので、その設立に関わってみないか?」
彼の目的は明らかだった。
欲しかったのは母の会社が培った技術。
そしてエイミーやヘルサードら、天然の異能者たちの獲得である。
しかしヘルサードは誘いを断らなかった。
他人とは違う特殊な力を持った者が普通に暮らすのは難しい。
大企業の庇護の下、誰憚ることなく自由な生活をする方がずっと良いと……
日本の法律が及ぶことのない何もかもが手作りの理想の都市。
そんな希望を胸にエイミーたちはL.N.T.にやってきた。
しかし、いつからだろうか。
この街が歪み始めたのは。
特に先日の『爆撃高校動乱』と呼ばれる一件は衝撃だった。
ヘルサードがいながら、何故あのような悲惨な事件が起こってしまったのか。
高校時代からの恋人で、今は爆撃高校の校長であるヘルサード。
共に協力して理想の街を作ろうと誓った同志でもある。
ところが、古大路一志や新生浩満と並んで街の三大権力者と呼ばれるようになってから、ヘルサードは少しずつ変わっていってしまった。
それに伴ってエイミーに対する扱いも次第に酷くなる。
先日など外国の要人との会談のために、海外で人質となることを強要された。
彼とエイミーの間には何人か子供がいるが、ほとんど会いに行ってくれてさえいないという。
ヘルサードが人前に姿を現さなくなった理由はわかる。
彼のSHIP能力はすべての女性に計り知れない影響を与えてしまう。
それではラバースが望んでいるような実験場としての街を作る邪魔になってしまう。
エイミーはそれでも構わないと思っていた。
みんながヘルサードのことを愛すれば争いなんてなくなる。
嫉妬なんて感情はなく、自分が愛する人が多くの人に愛されるのは嬉しいと思う。
人が人を愛するだけ。
それは素敵なことじゃないだろうか?
ちょうどいま、下の部屋で愛し合っている美紗子と綺のように。
愛と言う支えを持った若い学生たちが過ごす最高の青春。
そんな世界が、エイミーたちの理想だったはずだ
いったい何が彼と街を変えてしまったのか。
遥か昔から続く見えない連鎖。
それに気づけないのは自分だけなのだろうか?
いまのエイミーにはわからなかった。
※
思いっきり泣きじゃくった後は、綺と一緒にお風呂に入った。
あがった後は布団の中でたっぷり慰めてもらった。
美紗子は愛する人に抱かれる心地よさの中でいつの間にか眠りについていた。
ふと、目を覚まして顔を上げる。
綺は真面目な顔で何かの本を読んでいた。
「あーやちゃぁん、なに読んでるのお……?」
一緒の毛布に包まっている綺に体を密着させながら、甘い声で尋ねる。
しかし綺は美紗子の方を見てはくれず、本に夢中になったままだ。
「美紗子さん。見てくださいよ、これ」
さん付けの生徒会モードで返された。
美紗子は急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
これはもしや羞恥プレイのつもりなのだろうか?
咳払いをして生徒会長の顔を取り戻し、綺が読んでいる本を覗き込む。
こっちも落ち着きを取り戻して年長者らしく振る舞うようにする。
「ずいぶんと古い本ですね」
「そこの戸棚で身つけたんですけど……すごいですよ、これ」
かなりの時代を感じさせる古書である。
ページも黄ばみ、装丁もボロボロに擦り切れていた。
薄汚れた表紙には『喜石論・月島博士著』と書いてあった。
「月島……? 聞いたことないわね」
印字ではなく手書きで振り仮名も振っていない。
ハカセと読むのか、ヒロシという人名なのかすらわからない。
「何が書いてあるの?」
「昭和のはじめくらいの、能力者についての論文ですね。喜石っていうのはジョイストーンの原型みたいなものらしいです」
それはとても興味深い書物だ。
美紗子は綺に体を密着させ、本を横から覗き込んだ。
※
エイミーが下の階に降りると、予想と違って美紗子たちは寝転がりながら仲良く読書をしていた。
「あっ、それっ!」
思わず声を上げてしまう。
二人は慌てて読んでいた本を閉じた。
美紗子が気まずそうにエイミーの顔を見上げる。
「ご、ごめんなさい。読んじゃダメでしたか」
「う~ん。まあ、一応……」
以前にヘルサードが置いていった『喜石論』という書籍。
そこには生徒には知らせるべきではない、いくつもの極秘事項が記されている。
責任者として目を通しておくよう渡されたのだが、数ページ読んで本棚にしまったまま忘れていた。
「勝手に読んですみません」
「まあいいよ。目立つ所に置きっぱなしにしてた私も悪いんだし」
「本当にすみませんでした」
「すみませんでした」
美紗子と綺が立ち上がって頭を下げる。
エイミーは苦笑いしながら怒っていないことを伝える。
「いいって。でも、内容は他の生徒には絶対に秘密ね」
まあ、この二人なら大丈夫だろう。
約束した秘密を守れないような悪い子ではないし。
事実を知ってラバースやヘルサードを疑うようなこともないはずだ。
だって、この二人はすでに――
※
帝国陸軍の軍医であった彼は、いち早く人間の秘める特殊な力に気づいていた。
彼によって発見されたのは後にSHIP能力と呼ばれる、ある種の人間が持っている特殊能力だった。
そして、それを引き出す未知の物質『喜石』
「能力の研究って、こんな昔から行われてたんですね」
この本が正しければ一世紀近くも昔から能力の存在は知られていたことになる。
戦前には天然の能力者を集めて、小規模な秘密部隊なども組織されていたらしい。
「って言っても、月島博士は能力者を軍事利用することしか考えてなかったみたいだけどね。ジョイストーンについて詳しく研究し始めたのは
研究の過程で得られた技術は様々な分野で応用された。
結果、ラバースは一代で世界的大企業にのし上がる。
確かにこんな重大な情報を外に広めるわけにいかない。
美紗子たちは自分たちがラバースの被験体であることを正しく理解している。
しかし、彼女たちはそれに文句を言うつもりはない。
なぜならこれらの技術が正しく使われたら、より多くの人々を幸せにすることができるからだ。
たとえばDリング。
実用されれば、不慮の事故で命を落とす人は激減するだろう。
もちろん、今までにない技術が下手に氾濫すれば、より大きな災いを呼ぶことにもなりかねない。
軍事利用。
犯罪行為。
悪く使おうと思えば用途は様々に存在する。
そのような扱われ方をされないためにも、ジョイストーンと能力の扱いは極秘に、そして慎重に行う必要があるのだ。
美紗子にできるのは実験途上における犠牲者を可能な限り少なくすることだけである。
より良い未来を得るためには、奇麗ごとだけでは済まされないのだ。
「あの、エイミーさん……これって」
綺は一人で本の続きを読んでいた。
彼女はなぜかキラキラと瞳を輝かせている。
「こんなこと、本当にいつかは可能なんでしょうか?」
「うーん。そっちの研究はまだまだ途中だけど、以前に一度だけ試作機が動いてるはずだよ」
「えっ」
「戦争が終わる直前に月島博士が無理やり完成させて動かしたって……その時の音声記録も残ってるよ」
「それは、それはどこにっ!?」
一体何がこんなにも綺の興味を引いたのだろう。
美紗子はこっそり彼女が読んでいたページを覗き込んだ。
寸胴な形のロボットみたいな奇妙な絵が描かれている。
それが何か美紗子にはよくわからない。
「えっとね、確か……」
エイミーが綺の質問に答えた。
「ヘルサードの家に保管してあったはずだよ」
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