4 勧誘
「さて。一年四十二組の赤坂綺さん……でしたよね?」
制服を着て髪をタオルで拭き、普段通りの生徒会長としての威厳を取り戻した美紗子は、会長のデスクに座って顎肘をつきながら詰問を開始した。
目の前には美紗子の変態行為の目撃者である赤坂綺という女生徒。
そして彼女を逃がさないように取り囲む役員たちがいる。
赤坂綺は肉食獣に囲まれた小動物のように震えていた。
「は、はい」
「そんなに怯えないで。まず、何の目的で生徒会室を訪れたのか聞かせてもらえますか?」
「あの、先生に頼まれて、クラスのアンケートを提出しに来ました」
「そう。こんな時間にごくろうさま」
このやり取りに特に意味はない。
単に美紗子が冷静さを取り戻すための時間稼ぎだ。
平静に振る舞っているように見えても内心ではかなり焦っている。
なにせリアルで破滅と隣り合わせの状況なのだ。
「美紗子、彼女のデータよ」
生徒会室には学園に在籍するすべての生徒のデータが保管されている。
美紗子は聡美から赤坂綺の個人データを受け取って目を通した。
「一年四十二組学級委員。中間、期末試験ともに学年トップ。体力テストも良好。J授業は初日に第二段階に進み、現在は第三段階……凄いですね」
驚くほど優秀な生徒だった。
もう一度赤坂綺の顔をじっくりと見る。
そう言えば、生徒総会で何度か顔を見た覚えがある。
優秀な新入生。
美紗子は妙案を思いついた。
まずは彼女を怖がらせないよう優しく微笑みかける。
「赤坂さん」
「はいっ」
美紗子は確信していた。
もはや彼女の口を塞ぐにはこの手段しかないと。
「生徒会の仕事に興味はないかしら?」
役員たちからざわめきの声が上がるが、無視。
突然の勧誘を受けた赤坂綺はきょとんとしている。
「本来なら役員選挙は十月なのだけど、貴女ほど優秀な生徒なら特例で構わないわ。もし興味があるなら生徒会長権限で役員に推薦してあげます。自慢じゃありませんが、水学の生徒会は一般の先生方よりも強い権限を持っていますし、青春を賭けるだけのやりがいもありますよ」
口封じという理由もちろんある。
だが、本当に彼女を生徒会に欲しいとも思った。
此度の事件を奇貨として早めの後輩指導も行いたいし、実際のところ稟が抜けた穴は大きいのだ。
「ね? 無理にとはいわないわ。貴女さえよければでいいの」
美紗子は席を立って赤坂綺の肩に手を置いた。
これほどあなたを欲しているという熱意を伝える。
赤坂綺の肩は何故か震えていたが美紗子は気にしなかった。
「どう? ね、どう? ええいこれでも足りないか。なら今なら特別サービス、『生徒会長をパシリに使える券』を十枚セットでプレゼント! ほら綺ちゃんは生徒会に入りたくなったあ!」
「ひいっ!?」
「美紗子、落ち着いて!」
いけない混乱してきた。
赤坂さんめっちゃ怯えている。
でもここで引くわけにはいかないのよ!
「ねえ、真面目に、どうかしら……?」
トーンを低くして真剣に尋ねる。
赤坂綺は黙って視線を逸らした。
すごく逃げたがっている様子だ。
しかし美紗子は決して手を離さない。
三秒後、もう一度赤坂綺の視線がこちらを向く。
何かを言おうとして声にならず口をパクパクさせている。
やがて、赤坂綺は震える声で絞り出すように言った。
「せっかくですけど……遠慮しておきます」
※
「どうしても無理なら仕方ないわね。残念だけど……」
「すみません……」
あれから日が暮れるまで説得を繰り返したが、赤坂綺は最後まで首を縦に振らなかった。
さすがに美紗子も時間の経過とともに落ち着きを取り戻したので、渋々だが諦めることにした。
「ごめんなさい、誘ってもらえたのは本当に嬉しいです。けど、私にはそういう責任ある仕事って向いてないと思うんです」
「いいのよ。こんな時間まで引き留めてごめんなさいね」
「すみません……けど、いくら仕事だからって。私にはとてもあんなこと――」
ぴくり。
「赤坂さん……? あれはね、生徒会の仕事じゃなくて……」
「あ、いえ! そうじゃなくて、本当に生徒会の仕事は大変そうというか」
「……まあいいわ、元はと言えば単なる私たちの不注意ですしね……ただし!」
美紗子はもう一度彼女の肩を掴む。
『剛力』のSHIP能力で強化された万力のごとき腕力と、限界まで低く絞った声で威圧する。
「く・れ・ぐ・れ・も、今日見たことは他言しないように……いいわね?」
「はい」
赤坂綺は怯えながら何度も首を縦に振った。
※
握りしめた拳に力を加える。
手の中のジョイストーンが形を失い、体の中を溶け流れる。
漲った力が逃げ場を求めて暴れはじめる。
暴風。
力強く荒れ狂う台風のように、暴力的なまでの風が草木をなぎ倒し家屋を破壊する光景を。
想像は実際の形を持ち、突き出した空人の掌から現実のものとなって顕現する。
「≪
発生した風は周りの葉を浮かせ――
見事、五メートル先の空き缶を倒した。
想像よりは少し、いやだいぶ威力は弱かったが。
とにかく見事に空人は自分の
「どうだ清次!」
「ん。まあいつもどおりじゃね?」
そっけない親友の反応に空人は一気に脱力する。
「だよなぁ……こうやって毎晩練習してるのに、なんで全然上達しないんだろ」
「オレが思うにさ、これがその能力の限界なんじゃね」
「嫌なこと言うなよ。こんなんじゃケンカにも使えないじゃないか」
「もっと大きな岩とか木とかを動かす練習すれば?」
「これ以上大きいものだと全然動かないんだよ」
「あと能力名ひどくね。
「思いついちゃったんだから仕方ないだろ!」
深夜零時を少し回った
空人は清次と一緒に習得したてのJOYを使いこなすための練習をしていた。
夏休みが始まる直前、空人はようやくDリングの発動に成功した。
晴れてJ授業の第二段階に進むことができたのである。
しかし肝心の赤坂綺はすでに第三段階に進んでおり、またしても置いて行かれてしまったのだが……
仕方ないので空人はようやく手に入れた能力を楽しむと同時に、少しでも早く第三段階に上がれるため毎夜こうして秘密特訓をしているのだった。
第三段階はJOY使いの中から他者を傷つける恐れのある、つまり戦闘を行える能力を持った者だけが進める段階である。
確かに綺の≪|魔天使の翼(デビルウイング)≫は機動力特化とはいえ、使いようによっては強力な武器になるだろう。
JOYは後天的に進化すると言うが、はたして空人の≪
「あきらめろ。お前の能力は戦闘には向いてないんだよ。せめて有効な使い道を考えて、そのための練習をしろ」
「有効な使い道ってなんだよ」
「スカートめくりとか」
「こんな夜中に誰のスカートをめくるんだよ……じゃなくて、僕はこの力で第三段階に上がるんだから、下心にまみれた使い方はしないんだって!」
「赤坂さんに近づきたいっていうのは下心じゃないのか?」
反論はできない。
ちなみに、清次も空人とほぼ同時期に第二段階に上がっている。
本人的には現状に十分満足しているようなので、空人のように能力の練習などはしていない。
もっとも彼の能力は根本から戦闘に特化したものではないため、第三段階に上がれる見込みはほとんどないのだが。
「なあもう帰ろうぜ。はぐれ爆高生とかに見つかったら面倒だし、早く家に戻ってドラクエⅡの続きをやりたいんだよ」
「なんでいまさらⅡなんかやってるんだ。心配しなくてもこんなところに爆高生なんか来やしないよ。それよりも練習だ。せめて自分の身は守れるくらいにならなきゃ。もう前みたいな目には合わないようにさ……」
空人は一ヶ月ほど前の出来事を思い出す。
それは彼らが初めての中央デビューを果たした時のことだ。
中央の実力者どころか弱小チームの末端メンバーにすら手も足も出なかった忌まわしい記憶。
偶然近くを通りかかった『穏やかな剣士』さんに助けてもらわなければ、間違いなくボコボコにやられて、最悪殺されていただろう。
一刻も早くあの日の雪辱を果たしたいと空人は強く思う。
そのためにも、もっともっと頑張らなくては。
意気込みを新たに練習を続けようとする空人だったが。
「ん? あれって……」
公園の外の道路に誰かが立っているのを発見した。
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