10 華一輪
この場に集まった誰もが口をつぐむ中、豪龍だけが渋い顔で三人に詰め寄っていく。
「しかし、いまさら後には引けん」
「そこをなんとか曲げてくれよ」
他の二人を庇うようにヘルサードが豪龍の前に出る。
ヘルサードは中肉中背で、特に見た目が強そうというわけではない。
プロレスラーのような肉体をしている豪龍と比べると圧倒的な体格差がある。
しかし彼には一歩も引かない堂々たる威風が備わっていた。
むしろ傍目から見ると、豪龍の方が気圧されているようにすら見える。
ヘルサードの語った言葉は事実とは少し違う。
だが落とし所としてはちょうどいい。
要はどちらかが非を認めて引けば解決するのだ。
ただ、それをやった方が確実に損をする。
彼は豪龍に折れて欲しいと言っている。
花子にとっては願ってもないことだ。
しばし無言の時間が続く。
その間、花子をはじめとする他の生徒たちは一言も発せずにいた。
突然、豪龍が動いた。
路上に落ちていたブロックを担ぎあげ、誰かが止める間もなくヘルサードに投げつけたのだ。
権力者への思わぬ暴行に場の空気が騒然とした。
だがヘルサードは微動だにせずその場に立ち続けている。
ブロックは彼に当たる直前に透明な何かによって阻まれ、地面に落ちて二つに割れた。
「これが噂に聞く『神器』かぁ。これじゃ手出しはできんのう」
「おいおい、まさか俺とやり合う気かい?」
二人はしばらくにらみ合っていたが……と言ってもヘルサードの視線は仮面に隠れてわからないが……やがて豪龍は苦々しそうに顔をそむけた。
「しかたないのう」
豪龍が歩み寄る。
花子はとっさに身構えた。
しかし、豪龍はその場に膝をつくと、
「深川の嬢ちゃん、つまらん悪戯を仕掛けた俺らを許してくれい。すまんかった」
驚くべきことに頭を下げて素直に謝罪した。
街の重役四人の見守る中で相手チームの総長に頭を下げたのだ。
正式な謝罪を受けた形になったフェアリーキャッツ側の疑う余地もない大勝利である。
「うっおおおおおおおおっ!」
花子の背中側で大きな歓声が上がった。
※
「ヘルサード。今夜のことは忘れんぞぅ」
「ああ。しっかり胸の内に蓄えておいてくれ」
「ちっ……引き上げじゃあ、帰るぞぉ!」
豪龍はヘルサードに悪態を吐きつつ構成員たちに号令をかけた。
意外にも豪龍組構成員たちは大人しく彼に付き従って下がっていく。
リーダーが頭を下げたことは彼らにとって屈辱であるが、これだけの重役に凄まれては仕方ないという思いもあるのだろう。
水瀬学園設立当時からの生徒がそうであるように、爆高生にとってもヘルサードの存在は絶対なのだ。
「
「ええ古大路さん。今夜は本当にありがとうございました」
「礼ならたまたま家に来ていた新生氏に言ってくれ。僕はお爺様の代理に過ぎないし、何をしたわけでもないからな」
「いやいや、我々にとっても今回の事件は放っておけない事だった。むしろ介入するきっかけを作ってくれたことに感謝したいくらいだ」
「ふえ~、いっちゃん、すごい」
本所家の跡取り娘。
古大路家の当主代行。
そしてラバースの社長。
街の超重役三人の会話を傍で聞いていた花子だったが、その中の一人があの市だという現実がどうしても信じられなかった。
やがて、古大路と新生の二人も帰っていく。
そういえばいつの間にかヘルサードも姿を消していた。
後に残ったのはフェアリーキャッツのメンバーとギャラリーたち。
そして市だけだった。
「い……」
「やりましたね、花子さん! 大勝利ですよ!」
市に話しかけようとした瞬間、興奮した様子の仲間たちに周りを囲まれた。
「あの豪龍に大勢の前で謝罪させたんです。もうL.N.T.はフェアリーキャッツの天下ですよね!?」
「これから戦勝祝いパーティーをやろうって話をしてたんですけど、どうでしょう!」
本当は市と話をしたかった。
だがリーダーという立場上、仲間たちの気持ちを無視するわけにもいかない。
「よし、んじゃ本拠地に帰って、今日は朝まで飲み明かすよ!」
「いえええええええぇい!」
原千田大通りに大歓声が響き渡った。
花子が三年半前に作ったフェアリーキャッツは今夜、名実ともに街一番のグループになったのだ。
※
「ううっ」
ふらふらの
率先してパーティーを盛り上げていた花子だったが、実はあまり酒に強くない。
ビールをジョッキで二杯も飲めば足元がふらついてしまうくらいである。
仲間たちができあがった頃を見計らって、そっと建物から抜け出したのだった。
夜風が火照った体に心地いい。
大きく伸びをして肺いっぱいに新鮮な空気を取り込む。
すると、目の前の暗がりに誰か人が立っているのに気づいた。
何も言わずにそちらに向かい、横の段差に腰掛ける。
「近くまで来てたんなら混ざればいいのにさ。一人くらい知らない人間が増えたって誰も気にしないよ」
「あなたは私を怒っていないのですか?」
不安そうに尋ねる市を見て花子は首をかしげた。
「なんであたしが怒んの? おかげで上手く収まったんだから、むしろ感謝したいくらいだし」
「私は本所家の者だということをあなたに隠していました」
「そんなのあたしが聞かなかっただけじゃん」
「でも、私はあなたのことを知って近づきました」
市も花子の隣に腰を下ろす。
「あなたがフェアリーキャッツのリーダーだということを知った上で偶然を装って近づきました。今回のような事態を未然に防ぐため、本所家の当主として街の平和を守るために、無知な少女のフリをしてあなたを利用したのです」
「へえ、そうなんだ。すごいね」
「ごめんなさい。せっかく友だちだと言ってくれたのに、私は最初からあなたを……花子さまを騙していたのです」
「え、なんで?」
「ですから、友だちのふりしてあなたを利用したことが……」
「ふりじゃなくて、あたしたちもう友だちじゃん?」
市が顔を上げる。
あの市が驚き顔を見せていた。
彼女のこんな表情を見るのは初めてである。
花子は少し嬉しい気分になった。
「出会ったきっかけなんてどうでもいいよ。一緒に遊んだ仲なんだし、争いを止めたかったのはあたしもおんなじだしね」
「し、しかし……」
「それともいっちゃんはあたしと遊んだの、楽しくなかった?」
顔を逸らし、市は控えめに首を横に振る。
花子にしてみればその返事だけで十分だった。
考えてみれば、偶然の出会いから始まって、昨日の土手でのアドバイス。
そして今夜の仲裁まで話が上手くできすぎている。
すべて仕組まれていたと言われれば、なるほどと頷ける。
腹を立てる理由など何もない。
「ね。だったらいいじゃん。いっちゃんの仕事は無事に終わったんでしょ。これからは普通の友だちとして仲良くしようよ」
「……友だちになって、いいのですか?」
「あたしはとっくにそのつもりだったけど」
少しの間をおいて、市は少し儚げな……
けれど花子の知っている、今まで通りの笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます……ハナちゃん」
「よし、そうと決まれば一緒に飲み直そう!」
花子は立ち上がって市の手を取った。
「みんなに紹介するよ。あたしの友だちだってね」
「……はい!」
嬉しそうな声で返事をして市は花子の後についてくる。
太陽のような花子の明るさが市の心に光を差し、月光のように美しく反射する。
一度腹を割って話し合えば、互いの立場なんて関係ないと花子は思う。
だって、二人の間に芽生えたこの関係は、確かに友情と呼べるものなのだから。
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