第15話
取り合えず四人で役割分担をし、拓海は本を読むには性に合わないということで、早速隣の資料室に向かって行った。
仕方ないので残された三人で、既に机の上に準備がしてあった民話集を読み進めることにする。
「時間もないので進めますか」
そう言った航に、二人も相槌をうち本を手に取る。
本は分厚く、軽く300ページはありそうだ。
茶色の革表紙に金色で民話集と記してある表紙をめくり、目次を眺める。
取り合えず海に由来しそうな名前の物を片っ端から読み漁ることにした。
民話は大体十ページ程で完結し、先日隣町で読んだ神話とは違い、物語になっており読みやすく興味をそそる。言うならば国語の教科書と同じ感覚である。
そうやって二話ほど進めると、それらしい海のおとぎ話が出てきた。
他の話が面白かったのもあり、内心わくわくしながらページを開いた。
そしてその物語は、一人の男の話であった。
一之助は、この村一番の若手の漁師であり、皆から慕われ日々楽しく暮らしていた。
しかし、ここ暖かくなってから、三つの月を数えたであろうか。
この町の海は荒れ、漁には出られず、皆年貢どころか、その日の生活が苦しい状況になっていた。
どれだけ神に祈ってもこの海の神は機嫌を直さず、ほとほと困り果てていた頃であった。
村の老人連中は話し合い、海の神は女神様であるそうだから、若い男のが海に祷りを捧げればよいと、そう決めたのである。
そして、その神様がいると言われている場所は、ここから三里程離れた沖の、明神礁と言われる岩場であった。
しかし、この荒れた海を越えるにはいくつもの苦難が待ち受けており、腕の立つものでなければ到底たどり着くことはできない。
そこで、この村で腕が立ち、若手の一番と言えば一之助しかおらん、ということで白羽の矢が立ったのである。
しかし一之助は、この家の長男ということで、両親からは反対されたが、この村の為になるならと勇んでその話を受け入れた。
そして一之助は村の皆に見送られ願いを託され港を後にし、沖にある明神礁に向かった。
港を出て帆を上げ、一里程度進んだであろうか。
空は沖に進むにつれ黒く、だんだんと波が高くなり、一之助の船に牙をむき、襲い掛かるようにうねる。
それに耐え、必死にしがみつきどれだけの時が立ったであろうか。
疲労困憊で、波で服は濡れ、限界を感じた一之助だったが、いきなり曇天が裂け一筋の光が目に入った。
その光の根元に照らされていたの目指していた場所、明神礁である。
一之助は、神のお導きを感じ、必死に櫂を使い漕ぎ、とうとうその場所にたどり着いたのである。
疲れから、鉛のように重い身体を引きずり這うようにその岩場に乗り移ると、驚くことにそこには、羽衣を纏った妙齢の女性が一人佇んでいた。
一之助は疲れと驚きにより声も出ずただその女性を見つめていると、その女性から何用か?と尋ねられた。
一之助はこの岩場には女神が降り立つと聞き、その神に祈りを捧げるため来たと。
魚が捕れず苦しんでいる村を救うためここに来たことをその女性に必死に訴えた。
その必死で訴える一之助を見つめ、荒波がうねり轟々と風が吹く中、不思議と通る、凛とした声で。
――私がこの海の神、由良比女命(ユラヒメ)である。
そう、名乗ったのである。
そして続けて、由良比女命はこの海を鎮めるための条件を一之助に伝えた。
またその勇敢なる心でこの海を引き返し、私を連れ無事に村まで帰れたのであればこの海を鎮めようと、そう申してきたのである。
俺はこの村一の船乗りだ、難なく神様を無事村に送り届けましょうと、一之助は啖呵を切った。
神の話に乗ったのである。
一之助と由良比女命は船に乗り込み、早速元来た海へと漕ぎ出した。
既に満身創痍な体を誤魔化す様に、大声で活を入れ大海原を漕ぐ。
この荒れてる海の中、神様は顔色一つ変えず、優雅にこの航海を過ごしていた。
波に羽衣を濡らすことなく、それは人ならざる力を持つ者の佇まいであった。
どれだけ漕いでいたであろうか、意識もとぎれとぎれで、分厚い雲の中に有り、何刻かもわからない中
由良比女命が声を上げる。
陸が見えてきたぞと、一之助を奮い立たせるには十分な一言であった。
自分の為、家族の為、何より自分を信じて送り出してくれた村人達の為。
優しい一之助はこれ以上村人が苦しむ様を見るのが誰よりも辛かった。
今の自分が苦しむだけで、そこから解放されるのであれば、自分の身一つどうということは無い。
その強い思いが届いたのであろう、荒れた海を無事超え、一之助は命からがら港にたどり着いた。
――その雄姿、しかと見届けた。
そういった由良比女命は一つ腕を振った。
たったそれだけのことであった、しかし瞬く間に空は晴れ、海は静まり、自分が渡ってきた海が嘘の様であった。
気づくと村の皆がそこに集まり、その奇跡を口々にしていた。
――この村はもうこの男のお陰で、安泰である。
由良比女命のその一言により、またこの村に平和が訪れたのである。
その後由良比女命はそのまま村に留まり、一之助の家の世話になりながら、この海を平穏を保つために暮らし、その平穏を保った由良比女命を讃え奉るために、湾内の小島に祠を立てこの村人全員で奇跡を語り継ぎ神を讃えていったのであった。
十分程であっただろうか、航はこの話を読み終え、一息ついた。
湾内の小島というのは、今は堤防でつながっている小島の事であろうと推測できる。
恐らく、これが神様の話だと確信を得た航は二人を呼び、この話を読んでもらうことにした。
「なあ、渚と京子。それっぽい話見つけたんだけど」
そういうと、並んで向かい側に座っている二人に、本を読みやすいように向きを変え差し出して、物語の冒頭を指さす。
「――うんうん。祠の事も書いてあるね、由良比女命様かあ」
「けどなんで由良比女命さんは一之助にそんな賭けみたいなことしたんだろうね?」
京子の疑問は最もだ。
だが、こういう物語は大体がフィクションであろうし、そもそも当時の二人の気持ちなど知りようもなかった。
「もしかしたら図書館の方の資料で補完できるかもしれないし、焦らずやってくか。むしろ最初にこの物語を見つけれたのはツイてと思うし」
航の言葉に、二人ともそれぞれの同意を返した。
本を読んでいると時間が過ぎるのは早いもので、資料館に着いてから一時間程立っていた。
この後、港の祠に寄り写真を撮る予定なのでそろそろ出ることにする。
部屋の片づけを三人で素早く済ませ、隣の資料室の拓海を呼び受付の女性にお礼を済ませ資料館を出た。
やはり館長の岬は忙しく顔は見せなかったので、後日四人でまたお礼に来ようという話になった。
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