雷がもたらした特別 ( 4 )



「びしょ濡れ……気持ち悪い」

 そう言いながら天音は部屋に上がり、洸も促した。

「洸くんに貸せる服がないわ」

 怖そうにしているのに、そんな風に気遣った天音に、洸は彼女らしいなと思った。そして、先ほどの甘え方がわからないという彼女の言葉が、脳裏に思い出された。

「天音ちゃん、シャワー入った方が良いよ。俺は平気」

「ダメ、洸くんが風邪引いちゃう」

 その瞬間、治まりかけていた雷が、特大の音を立ててどこかに落ちた。

 天音は堪らず、耳を抑えて蹲るしか出来なかった。震えが止まらなくて、息が出来なくなりそうだった。

 洸は他に術がなく、床に膝をつき、天音を抱きしめた。雨に濡れたブラウスのせいで、冷たくなっていた天音の身体が更に冷えている。

 洸の体温など感じられない動揺の最中、無意識に天音は呟いていた。

「洸くん、怖い……助けて」

言葉は無駄だと思った洸が強く天音を抱きしめると、伝わってきた彼の体温に安堵した彼女の身体に血が通い始めたようだった。

 雷は、酷くなる一方だ。

 天音の恐怖が治るくらいのぬくもりを、洸は与えてあげたかった。

 どうすれば良いだろうかと考えた挙句、洸は胸の内に包んでいた天音を少し離して、彼女の唇に自分の唇を重ねた。冷たかった天音の唇が少しずつ熱を取り戻していく。

 安心した洸は重ねていた唇を離し、天音の瞳を覗き混んだ。

 洸が包み込んでいた天音の身体はまだ震えている。

「洸くん……」

 天音が洸の背中へ腕を回し、彼の肩へ顔を埋めた。助けてほしいと懇願した。どんな風に助けてほしいのか、そんなことはわからなくて、天音はどうしようもない恐怖と震えを、今目の前にいる洸にどうにかしてほしかった。

 洸はもうこの方法しか思いつかなかった。

 こっち向いてと天音に囁くと、再び唇を重ねた。何度も何度も向きを変えて重ね合わせ、いつしか夢中になるまで続けた。絡めた天音の手が少しだけ温かくなった。

 この夕立の中で一番大きな雷が落ちた。口付けを交わしたまま、びくりと天音の身体が震える。 

 この雷の恐怖をもっと忘れさせてあげたい。塞ぐべきは唇ではないと洸は気付いた。

 雷の音が天音に届かなくなればいいと願いながら、彼は押し倒した彼女の耳を犯した。

「天音ちゃん」

 洸は天音の耳元で囁いた。

「俺が聞こえなくする……」

「うん……」

 洸はひたすら天音の耳を犯し続けた。耳元を舐め取る洸の舌の心地と聞こえる吐息に、いつしか天音の耳元から雷の音は消えていて、甘美な感覚が脳を支配し始める。

 雷は治っていたが、雨はまだ降りしきっていた。

 天音が落ち着いたことを確認したくて、洸は彼女の顎に添えた手の指で彼女の唇をなぞった。

 形の良くて柔らかい唇が発していた少し艶やかな声が脳裏から離れない。

 綺麗だ、そんなことを思いながら、天音の唇をなぞったら、彼女は洸の手を掴み、自分の口へ彼の中指を運んだ。艶かしくとろりと潤んだ瞳で洸を見つめながら、彼の指に舌を這わせ出した。

 初めての底知れぬ感覚が洸を襲った。

「天音、ちゃん……」 

 洸が呟くと、余韻を残すように洸の指先から天音が離れた。

「雷、聞こえなくなったから……」

「うん」

「洸くんの番……」



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