第48話 運命の再会

 馬と馬車がこのノースの森を駆け抜ける。

 馬車の中には複数の人が入っている。

 脱力しながら助かった沼田はとりあえず一息つく。


「た、助かった……のか?」


「えぇ、見事に作戦は成功したわぁ」


 頭を抱えながら。沼田は御門にそう言われる。

 生きている実感がここでやっと芽生える。


 結果として。沼田の作戦は成功した。


 デンノットによる光。これは強力なものだった。

 持続時間も思ったよりも長かった。

 園田によるエンド能力がなければここまで順調にいってはなかった。


 思い返すと、よく【ほぼ全員】が馬と馬車を引き連れてラグナロを抜けれたと思う。

 沼田は、ここに居ない。ある意味、命の恩人であるハルトの事を思っていた。


『ここは俺が引き付ける! お前らは逃げろ!』


 言い返す暇もなかった。沼田はただデンノットに火をつけて投げるだけ。

 声だけ聞こえる。後ろ姿を見る事すら出来ずに。

 沼田は舌打ちをしながら走り抜ける。


 御門は自身のエンド能力を発動させて体を透明化させる。

 白土と手を繋ぎながら。馬と馬車の位置を把握する。

 だが、その為には。


「園田さん?」


「……」


「協力してくれるわよね?」


 少し威圧気味に。御門は園田に目を瞑りながら訴える。

 戸惑う園田も、この状況なら仕方ない。

 黙りながらも白土に道を案内する。透明化の状態となったのなら、先程よりも安全性が高い。

 直接的には見えず、敵も狙いが定められない。


 沼田も園田の言葉を頼りに足を進めていく。西門まではもう少し。

 頭の中で地形を把握しているとは言っても、やはりそれには限界がある。


(馬と馬車を手に入れたのならもうデンノットは使えねぇ! 馬がそれに怯えるし、正確な位置が把握出来ない)


 出来る限り、西門に近付きながら。沼田は、白土達の動向を待つ。


 やれるだけの事はやった。付いて来た奴隷達の為にも。ハルトの為にも。

 自分達は必ずこの地獄【ラグナロ】から抜け出さなければいけない。


 使命とか関係ない。ここに居ても人間らしい扱いをされない以上。

 希望などない。沼田は、胸に強くそれを抱きながら。


「沼田君!」


 ちょうど光が輝きを失った頃。

 馬と馬車を引き連れた白土達がこちらにやってくる。

 大きさのある馬車に馬もいる。これならいけると沼田は判断する。


 周りを確認すると、晴木も楓達もこちらに気が付いていない。


「おっしゃ! 御門は馬に乗って馬車を操作してくれ! 後の奴らは馬車の中に乗り込むぞ!」


 こんなに叫ぶ事などこの世界に来る前ならなかった、

 喉が潰れるぐらいの声量で。沼田はこちらに馬を引き付ける。


 既に園田は馬車の中に乗っており、逃走の準備は整っている。

 沼田は手を伸ばし、助けを求める。

 ただ、背後から晴木が勢いよく剣を突き出しながら迫る。


「ふん!」


「ぐぁ! ちぃ! そう簡単には逃がしてくれねえか!」


 肩を貫かれ沼田は地面に倒れる。ここに来て晴木が本気を出し始めた。

 彼の能力的にその場合ここにいる者では勝てない。

 それを頭で理解していた沼田はすぐに肩を抑えながら立ち上がる。


 突破口はもう強制的に行くしかない。


(ちくしょう……俺が生きているより、御門や白土を逃がした方が戦力的に何とかなる! しょうがねえか、損な役回りは俺が引き受ける!)


 あの奴隷達も自分達の為に犠牲になってくれた。

 だったら、今度は少しでも自分がその役回りにならなければいけない。


 使え無い人材はこうなる運命。沼田は覚悟を決めて晴木の前に立ち向かう。


 馬と馬車が離れて行く。呆気ない幕切れ。沼田は、怒り狂う晴木の前に構える。


「おっりゃゃゃゃゃ! てめぇはここで終わる訳にはいかねーだろ!」


「……っ! ハルト、さん?」


「逃げろと言った俺の指示が聞こえなかったか? こういう役回りは、年を喰った奴らがやるべきだろ!」


「は? お前には用はねえんだよ!」


 既にエンドは消費している。肉体強化はもう発動出来ない。

 その軟弱な体では、晴木の自慢の愛剣に斬撃。それは防げない。

 沼田は目の前で。自分より頼りになる大男が剣によって串刺しにされる。

 悲痛な声を上げながらも。沼田は、痛みを堪えて足を進める。


 ただ、速度を緩めない馬車と馬。これはきっと見捨てられた。

 倒れるハルトを見て絶望しながら。沼田は察する。


 馬車は確かに人数分は乗れる。しかし、多く乗るとその分だけ重さによって速度が下がる。


 逃げ切れる確率は考えて外されたと考える沼田。


(あぁ、そうか、少し作戦が当たっただけで何を思ったんだ俺)


 肩から流れる血を見ながら。激痛が沼田を現実に引き戻す。


『お前になど何も期待してない、頼むから妹の邪魔だけはしないでくれよ』


『お兄ちゃん、お願いだから友達とか彼氏とかの前には出ないでね』


『やだぁ、あいつ何てただの金づるよ! 顔も不細工で気持ち悪いし』


 突き刺さる言葉の数々。沼田は、このまま死んだ方が良いのかと。

 このまま生きていても辛い人生しか待っていない。


 それならばいっその事。


「……うぉ! これは!?」


 急に自分の体に巻き付けられる鎖。沼田は驚愕しながらそれを見つめる。

 それは馬の位置から伸びており、それに強く引っ張られる。

 遠心力がかかり、体全体に負荷がかかる。

 バランスを保ちながら、晴木の横を通り過ぎて、扱いは雑だが馬車の中に放り込まれる。


「いって! ……はぁ? どうなってんだよ、これ?」


「ふぅ、よかったわぁ、貴方がいなかったら誰が【指示】を出すっていうの?」


「沼田君! 酷い、怪我……すぐに治療を!」


「待て、まだ油断するな!」


 全員が沼田の叫びに反応する。

 すると、背後から楓が遠くから魔導杖を向けているのが分かる。

 まさか、あの距離から魔術を使用するのか。

 命中しない。幾ら、楓でもそれは無理だ。しかし、沼田はそれは甘い考えだと頭で想像する。


 だが、そんなのお構いなしだった。


 恐らくだが、楓の技量ではこの馬と馬車を簡単に動きを止められるだろう。


 このままでは全滅する可能性の方が高い。


 白土と御門がそれを意識しながら。楓に対して攻撃を仕掛けようとした。


「……私の方が速い」


「そ、園田!?」


 三人の不安を解消するように。園田は白土がここまで持って来た弓を手に取る。

 残り一本の弓矢を園田は弓に装着する。

 そして、すぐさまエンド能力を発動させる。視力強化【レーシング】これによって、動いている馬車の揺れで照準がズレるのを防ぐ。

 後は、距離感を少しでも無くす為に。園田は、出来る限り弓矢の命中精度を上げる。


 ただ、これだけでは威力が足らない。


 園田は、その不安要素があり、流石の彼女も額に汗が流れて緊張している。


 だが、すぐに白土がフォローする。


「マルナ!」


『はい! 強化【シファイ】!プラス瞬間加速【アクセル】』


「……これって」


「今よ! 園田さん! あいつに弓を放って!」


 白土は強く園田に言い放つ。弓矢がずっしりと重みを感じるようになる。

 これなら、あの楓の【自動防御】を貫いて、攻撃を解除させるには、十分過ぎる程の威力だろう。

 タイミング見計らい、園田はその強化された弓矢を放つ。


 ――――それは一瞬にして。今度は楓の腹部を目掛けて一直線に。強大な速度と威力を保ちながら。


「つぅ! あぁぁぁぁぁぁ!」


「命中した」


「思った通り、あの自動防御は一点集中型の攻撃には弱い、エンドを膜のように覆っていたその弊害ね」


「ま、マジかよ、この距離で当てんのかよ!? と、とにかくこれで邪魔な奴は消えた! 後は……」


 楓は再び。しかも、白土の時よりも重傷を負ってしまう。

 周りの残っている憲兵も楓に寄り添う。

 しかしそれを振り切り、痛みと追ってを逃した苛立ちでさらに正常な判断力を失っている。


 あの状態では勝手に崩れるのも時間の問題。


 白土は内心とても安心して、荒れ狂う楓を軽蔑した瞳で見ていた。


 そして、晴木の動きを止め続けるハルト。遠目でそれを見ながら、沼田は下を俯きながら。


(すまねぇ……あんたを助けられなかった)


 沼田は顔に手を付けながら。彼の娘と母親にも謝り続ける。


「待ちやがれ! この野郎! どけ、この筋肉!」


「はは、頑張れよ、坊主! つ、辛いのは、ここからだぞ」


 晴木の怒号が鳴り響いても。馬は速度を緩める事はない。


 こうして、沼田達によるラグナロの脱出劇は何とか成功した。





 沼田の肩の傷を治癒が終わった後。全員が助かった喜び。同時に多数の死傷者の事を思う。

 メイドのシーファ。地下牢の奴隷。命の恩人のハルト。そして、罪のないラグナロの一般人。

 四人が助かったにしては多すぎる犠牲。

 白土はそれを改めて感じて、体の力が抜ける。慣れない馬車の揺れで吐き気が加速する。

 自分でも、泣いたり、怒ったりよく感情に左右されていると思っている。


 ただ、白土自身。何かにぶつけないと自分の精神を保てない。


「なぁ、白土、少しいいか?」


 すると、馬に乗っている御門から。今度は、白土に沼田は話しかける。

 あまり今は話したくない白土にとっても。クラスでも関りがなく、女子に耐性のない沼田にとっても。

 お互いに辛いものがあった。だが、この現状でそうも言っていられない。


 正面に座り、沼田は口を開く。


「お前の目的は何だ? まさか、何もなしにこんな所まで来た訳じゃねえだろ?」


「そ、そうだね、私はただ」


 問い詰める。沼田は静寂なこの空間を動かすように。

 目的を聞いたのは。彼女の動機を知る事で少しは理解出来るかもしれない。

 そして、少し間を開けた後。白土は、沼田の顔を見つめながら彼の名前を呼ぶ。


「笹森君……私は彼と会いたかっただけなの」


「は、はぁ? お前と笹森ってそんなに仲が良かったか?」


「そうね、やっぱり周りから見たらそう思うよね、うん……そうだよね」


 白土は納得しながらも、沼田は困惑している。

 口に手を抑えながら。二人の関係性について考察する。

 でも、何度考えても二人の接点は感じられない。

 というか、沼田にとって笹森の印象はこれしかなかった。


「俺からしてみれば、笹森は【出来る幼馴染と親友の金魚の糞】と言った所か?」


「……っ! そんな言い方やめてよ! あ、ご、ごめん! でも、少し考えて欲しい、笹森君をそんな風に考えないで欲しい」


「でも、笹森君は生贄となった、二人にとって笹森君はそれぐらいの存在だった」


 告げ口するかのように。園田は沼田と同調するように白土を追い込む。

 しかし、白土は園田を睨みつける。あの弓の攻撃の時は協力した。

 だが、本質的には嫌いで信用が出来ない。御門を助ける時、理由は分からないが否定した。

 それに、今の発言も気に入れない。個人的な怒りも混じっているのは自覚する。


 でも、それを差し引いても少し無神経ではないか。


 白土と園田が互いに嫌悪する中で。


「やめろ! 俺も言い方が悪かった! 園田も落ち着け! 生贄になった問題はひとまず置いとくとして……」


「分かった、ごめん」


 素直に園田は謝る。沼田は治った肩をさすりながら。白土にさらに言葉をかける。


「どちらにせよ、笹森と再会した時は、まぁ、俺達を復讐対象として見るだろうな、なぁ? あいつ(笹森)は生きてんだろ?」


「私の中にいる女神(マルナ)が存在を確認してるし、私も声が聞こえたの……だから、ほぼ確実だと思う」


「マジかよ! 女神とか莫大なエンド量とかお前も半端ねえな! それに比べて俺達は……たく、本当に恵まれないよな」


 渇いた笑いを浮かべながら。その沼田の発言に園田も眉をピクっと動かす。

 御門と白土。持っている人間は、この世界に来ても活躍する。

 そして、他の類を見ない能力を持っている。

 正直、劣等感で押し潰されそうだ。同じクラスメイト、同い年なのに。


 だが、そんな沼田に白土はさり気無く。


「そんな事ないよ! 沼田君の作戦と指示がなかったら、私はここにいなかった……正直、失礼だけど驚いたよ、沼田君にこんな力があるなんて」


「ほ、褒めるんじゃねえよ! 見ただろ、お、俺は最初からあの奴隷達を犠牲にして進む事を考えていたのかもしれない、あ、あの人達にもまだ人生が残っていたのに」


「それは違うと思うけどぉ? 貴方は自分の出来る事をして私達を助けた、凄い功績よぉ」


 沼田は胸が痛む。大したこともしてないのに褒められる。

 出来る事はやった。ただ、助けられたかもしれないのに。

 見殺しにしたのはやはり沼田にとって引きずってしまう。


 だが、隣にいる園田はそんな沼田の気持ちを察したのか。


「言いたい事は分かる、自分は大したことないのに、他の人を駒として使った、これがさっきの勇者の人とかだったら、その権利もあるから気持ち的に楽になる」


「珍しく、よく話すな、つうか……お前もさっきの攻撃見る限り、【特別】な奴じゃねえか? 普通だったら、あの状況で的確に狙い撃つなんて無理だ」


「特別? そんな訳ない、特別だったら、この運命だって簡単に」


 意見が交錯する中。急に馬車が地震が起きたかのように大きく揺れる。

 気が付けば、前方で走っている馬が倒れている。

 馬車の動きは止まり、沼田達は何が起こったのか。外に出てそれを確認する。


 そこには、信じられない人物が大木の上に立っていた。

 沼田と白土。そして、園田もそれを見て唖然としていた。

 霧が濃い中でもはっきりと見えるその姿。

 腹部は既に治癒しているが、顔が血で染められて美しい顔が台無しになっている。

 自慢のポニーテールもボサボサになっており、その姿はガリウスと同じぐらい醜い。


 そして、御門は地面に倒れながら立ち上がりそんな彼女の姿を見つめる。


「お、追い付いてきたのか? 馬鹿なぁ……」


「そうよ! あっははははは! ねぇ? どんな気持ち? 絶望してるでしょ? 怖いでしょ? でも、安心して? じっくりと傷を治癒しながら殺してあげるから、じわじわと全員ね!」


「も、もう流石に、無理だと思ったのに、何なのよ!」


 身も心も疲弊している楓以外の全員。駄目だ、もう逃げきれない。

 馬が転がってその場から動けない。きっと死んだ。手段を失って、白土は涙を流す。

 転移魔術をしようにも、ここにいる全員は不可能。

 有り余るエンド量を生かせない。マルナは、白土の中で必死に呼びかける。


『ユイナ! 今こそ、戦うべきです! もう少し、もう少しで! ユイナの目的は達成される!』


 幾度も。楓の前に打ち砕かれそうになった夢。

 もう少し。後少し手を伸ばせば届く。

 白土が強く心の内に思った時。


 楓の後方の霧が勢いよく消失する。

 白土を含めた全員がそこから登場した人物に驚愕する。


 楓に負けないぐらいに。目元に血が付着しており、見た目は鬼神のように思えた。

 ただ、特徴的な白髪と背丈の割に威圧感のある風貌。


 二本の短剣を迷いもなく楓に向ける人物。


 その瞬間に。この森の中に白土がずっと待っていた彼の叫びが響き渡る。


「かえでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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