第47話 決意

 正に弄ばれるだけだった。

 白土と別れた後。御門は楓と交戦していた。

 もう少しで勝てる。そんな状況を作ったのに。


「よぉ、御門……また俺と遊んでくれると思ったのに、残念だ」


 駆け付けた勇者。しかし、それは自分を救う人物ではない。

 鎖で縛られているそれを剣で斬る。楓は解放されて、晴木の回復魔術によって治癒される。


「はぁ、よかった! やっぱり晴木は私の最愛の人だよ」


「ふ、じゃあ俺の為に何でもやってくれるよな?」


「うんうん! やるやる! もう、何でもやっちゃうからさ!」


 瞳孔が開いている。最早、正常な判断が出来ていないのか。

 全く魅力を感じなくなった女に愛想を尽かす。

 誰の者でもなくなった。そして、容姿の悪化。性格も自分に心酔している。

 心底哀れだと感じながらも。ここまで、自分に尽くしてくれた女には、それ相応の対価を支払わなければならない。


 そして、晴木は一瞬で御門の元まで向かう。御門はあまりの速さに反応出来ない。

 首を掴み。体を持ち上げて、躊躇なく体を突き刺す。


「がはぁ!」


「たく、愛人として可愛がってやろうと思ったのに、あのまま人形のままでよかったんだよ! お前は!」


「ちょっと、晴木! それはどういう事?」


「いや、こいつから誘ってきて、俺は抵抗出来なかった……そのまま身を任せてやられてしまったんだ」


「はぁ?」


 怒りの矛先は晴木から御門に。楓は御門の顔を踏みつける。

 晴木は少し離れた位置から。その醜い光景を見つめるだけ。


「お前がぁ、晴木に触れる所か、関係を持った!? 身の程を知れ! この、人形! 死ね、死ね!」


「そこら辺にしとけ! 死んだら元も子もない! そうだな、これも少しはまだ使えるかもしれない」



 そして、現在まで至る。白土と別れた後。善戦していた御門。確かに、傷は受けた。だが、勝てる戦いだったのに。


「おいおい……冗談はよしてくれよ」


 負傷者二人を抱え込むこの状況。白土と御門は呼吸を荒くしながら横たわっている。

 当初の計画が大幅に狂う。晴木と楓と複数の憲兵の加入。

 これでは逃げ切れるはずの作戦も破綻。全てが水の泡。

 と、普通は思う。だが、沼田もそしてハルトも諦めていなかった。


「おい! てめぇら! 本気で俺達を殺す気かよ」


「沼田か、ずっと地下牢に居ればよかったのに……相変わらず不細工な顔が目立つな」


「……っ! あぁ! 気持ち悪いだろ! 見てられないだろ! それに俺は、震えてるんだよ!」


 同じクラスメイトでも感じる圧倒的な力の差。

 足が震えてそれが止まらない。逃げ出したい。

 立ち向かうなんて無謀だと分かっている。だが、沼田にはこの二人から逃げきれない事を理解している。

 それは、ハルトも園田も、白土も御門も同じだ。


 だが、両手に握り拳を作りながら、沼田は二人を見上げながら叫ぶ。


「けど、ここでお前らを何とかしねーと、俺達はまた戻ってしまう! だから、出来る限りぶっ潰す!」


「ぷぷ! 貴方に何が出来るの? 沼田君?」


「いや、いい叫びだ、俺はそれに応えないとな」


 すると、ハルトの腕は急に太くなる。筋力が強化され、まるでそれは大木のようになる。

 これが彼のエンド能力。筋力強化【メタモル】というもの。

 エンドの調節で部分的に筋力を強化出来たり、量を増やせば体全体を強化する事が出来る。

 こんな変態的な能力を持っていて。何故、今まで単独でも脱出しなかったのか。


 ――兵の数と戦略や戦術面で敵わなかった。一人ではあの勇者にも。多数で攻めてくる憲兵団には太刀打ちが出来ない。

 だけど、その問題は沼田によって解消される。


「ハルトさんは、あの性悪女(楓)と周りの憲兵団の相手をしてくれ! 残りの奴隷はその援護だ!」


「おっしゃ! だけど、あの勇者はどうする?」


「あぁ、隙を見てデンノットの光でここから脱出する! 白土と御門の手当もしないといけないし、あまり時間はかけれない」


 状況は圧倒的にこちらが不利。互いに背中を合わせながら。ハルトと沼田は声を掛け合う。

 敵が決まった瞬間。同時に、動き出す。筋力強化されたハルトは並大抵の攻撃では微動だにしない。

 どんな魔術だろうと。弓矢も銃弾も。そして、斬撃も。

 奴隷達も指示されるままにハルトの後ろに付いて行く。先程よりも瞳に輝きがある。


 自由になれた喜び。そして、目的与えられた事の意味。期待をかけられこうして特攻している。


 しかし、沼田には無謀な事だと承知の上で。文字通り特攻させている。

 ハルトを先頭に地下牢の奴隷達は楓と憲兵に向かっている。

 沼田は後ろは振り向かず、走り抜ける。


「とっ! おいおい、俺から逃げられると思ってんのか?」


 沼田は足を止める。目の前には、自分とは住んでいる世界が違うと思った存在。

 現実の世界でも、【勇者】だった。風間晴木が立ちはだかる。

 デンノットを片手に持ちながら。沼田は、苦笑いを浮かべる。


「ちぃ! 風間……」


「逃げる前提で言われるのは悔しくないか? お前らじゃ、俺達には勝てない、見てみろ」


 晴木が指差す方向。そこには、沼田には見るにも堪えない光景が広がっていた。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 奴隷達が次々と楓と憲兵の炎魔術で焼かれていた。地面にのたうち回りながら次第に動かなくなっていく。

 沼田は唖然とする。人というのはこんなにも簡単に死ぬ事に。

 だが、その中でハルトだけは自身の力を最大限に引き出して戦い続けていた。


「やりやがったな!」


 ハルトは一気に加速して飛び上がる。躊躇せず、憲兵団の首を掴み骨をへし折る。

 それを盾に突き進みながら。他の憲兵団もなぎ倒していく。流石は元騎士団。

 ガリウスとの戦闘で培った経験が生きている。何より、彼は【人を殺す事に躊躇い】がない。

 自分を信じて、それがあの強さに繋がっている。


 彼もまた目の前で他の奴隷が殺されて気が立っているのだろう。それを怒りに変えて力に出来る。


 ハルトは自分の任された役目を全うしている。一方で、沼田どうか。


「ちょっとやるな? だけど、お前は全く動けないようだけど?」


「……ぐぅ!」


「やっぱり、沼田……お前は顔だけじゃなくて中身も不細工だったようだな! 本当にどうしようもない奴」


 必死に後ろでハルトと力の無い奴隷達が交戦している中。

 沼田は足が震えて動けなかった。

 晴木はすぐにでも沼田など殺せる。あの、黄金の剣で終わってしまう。

 きっと一刺しで。力の無さは歴然である。


 晴木が一歩ずつ近付いてくる。


 真正面からは勝てない。ただ、工夫してどうにかなる相手でもない。

 沼田は後ずさりしながら。頭の中で言葉を考える。

 そして、思い付いた言葉を晴木にぶつける。


「お前こそ、お前こそなぁ! いい子の仮面を被ってんじゃねえぞ!」


「あぁ!? 沼田……俺に何か文句があるのか?」


「この世界に来てからも、俺達のいた世界でも、随分と好き勝手やってたようだな! いいのか? 今ここで公表しても!」


 脅しとしては最低最悪だろう。

 しかし、何かしなければこの状況は変わらない。

 沼田は自分の知っている晴木の弱みをここで晒したら。

 きっと彼の支持は落ちると踏んだ。しかし、晴木は大声で笑いながら。


「公表も何も誰が信じるかよ、そんなの」


「ここには、白土と御門も園田もいる……こいつらが知ればお前は」


「誰がそんなの信じるかよ! それに、それが事実だとして俺の力は揺るがないぜ? お前さ、好き勝手やってたって言ったよな?」


 無茶苦茶な理論だ。ただ、説得力は不思議とある。

 晴木は、剣を突き出しながら沼田達に宣言する。


「好き勝手やってもいいだろ! これだけの力があって、俺はクラスの奴らに貢献していると思っている! 様々な面で」


「貢献……貢献だと!? 俺やあいつらを! この都市を巻き込んだ奴もお前に貢献していた! それなのに、この仕打ちはどう説明するんだ!」


「それ以上に俺は貢献していた、勇者として、そして、ガリウスを倒す以外でも英雄として称えられて、その責務を果たしていた……だから、【これぐらい】はいいだろ?」


「ふ、ふざけるな! 貢献とか責務とか関係ねぇ! てめぇはこの現状を見て何も思わないのかよ?」


「そう言う台詞は、力を持った奴が言う事だ! お前ごときが言ってんじゃねえよ!」


 感情がぶつかり合う中で。後ろ目で沼田は晴木に気付かれない程に確認する。

 元々、晴木の秘密など知らない。ゲス野郎という事だけは沼田は知っている。

 そもそもこのやり取りも相手の気を自分に惹かせる為。


(こいつの言う通りだ……こう言う臭い台詞は決まって力のある奴が言ってこそ説得力があるもんだ! 恥ずかしいな、ち! けど、お前を何とかする策はもう始まってんだよ!)


 沼田が期待しているのは。後ろで戦っているハルト達でもなく。片手に持っているデンノットでもなく。

 中央に横たわっている御門と白土。そして、それに寄り添う園田だった。

 普通に考えて、地下牢にいた人材だけでここは突破出来ない。

 楓と晴木に遭遇した事は最悪の事態。ただ、逆に白土と御門がこの場所にいるのは大きなポイント。


 あの二人は自分とは違って特別な存在。

 きっと何とかしてくれる。正直、戦略と戦術には限界がある。


(例え、デンノットの秘密を利用して園田と連携してこの場は凌げてもこいつらは追いかけて来るだろうな、だったら、少しでも時間を稼ぐ策が出来れば……)


 そして、必死に沼田達が戦い続ける中。

 白土は微かに瞳を開きながら空を見上げていた。

 このまま自分は死んでしまうのか。

 隣を見ると御門が瀕死の状態だった。


 また、自分のせいで誰かが傷ついた。


 誰も守れない。誰も救えない。ただ、優に会いたいだけなのに。


 そのたった一つの思いが周りを巻き込んでしまう。


『ゆ、ユイナ! 聞こえますか?』


「マルナ……私は、もう」


『私の力が戻って来ました! 恐らくですけど、ペンダントの所有者……あなたの想い人が近付いて来ているのでしょう』


「す、優君が……うん! そうだよね、ここで諦めたら、今までが無駄になっちゃうもんね」


 白土は上体を起こしながら。すぐに御門の傷を癒そうとする。

 だが、その時。


「やめて」


「え……貴方は」


 止められた手。そこには、白土にやめろと訴え続ける園田の姿があった。

 眼鏡越しに伝わってくる苦痛の表情。普段は表情を滅多に変えないのに。

 その変化の違いに白土は思わず手を引いてしまう。


 園田真理。彼女は、この御門玲奈という人物に苦しめられた人物でもある。


 ただ、この状況で理由など聞いていられる時ではない。


 白土は後方から聞こえてくる奴隷達の悲鳴。そして、前方に見える沼田と晴木の姿。


 それに、どんな理由があろうと自分は御門に救って貰った。立ち向かう勇気をくれた。

 だからこそ、彼女を助ける義務がある。


「彼女を助けると不幸になるの、だから、ここで見捨てて」


「悪いけどそれは出来ない、ここで御門さんを助けて、私は自分の目的を果たすわ」


「……どうして? 御門さんが、いや、そいつが何をやったのか知ってる?」


「知らない、けど、園田さんには悪いけど、文句は彼女を救ってからにして!」


 白土は園田の忠告を無視して。力の戻ったマルナと連携して御門の治療に専念する。

 その行動に園田は最大の皮肉を白土に対して言い放つ。


「いいわよね、【守って貰える存在】がいて」


「……何が言いたいの?」


「いつもそう、貴方も魅力的な人はいつも誰かヒーローが駆けつけてくれる、助けてくれる、何もしなくても……羨ましくて、妬ましいわ」


 園田は声を低くして、白土に自身の胸の中を打ち明ける。

 しかし、そんな事気にせず。マルナと協力して白土は御門の治療に専念する。

 体の傷は回復していき、御門は意識を取り戻す。流石は女神の力。

 膨大な白土のエンド量と合わさったら無敵である。


「し、白土さん?」


「よかったぁ……本当に、よかった」


 御門は上体を起こして虚ろな瞳で頭痛を感じながら。

 柔らかい感触が全身を包み込む。

 目の前には自分が助けたかった人。白土が泣きながら自分に抱き付いている。

 一度は死にかけた身なのに。こうやってまた助けられた。


 ただ、感動したりしてる暇はない。


「ぐぁ!」


 沼田は蹴り飛ばされて。白土達の元まで飛ばされる。

 これは温情なのか。剣で刺されずに完全に舐められている。

 適うはずがないないのに。沼田は、言葉で何とか時間を稼いでいる。

 しかし、白土と御門が動けるようになったのを見て。


 晴木が慢心してる中。そして、後方でハルト達が戦っている中。


 沼田は他の三人に聞こえる声量で話す。


「いいか、細かいお互いの事情はとりあえず後だ! 今はあのクソ勇者と後ろの性悪女から逃げ切る事を最優先に考えるぞ!」


「ぬ、沼田君!? どうして、貴方がここに……」


「んな事、どうでもいいだろ! それよりも、一度しか言わないからよく聞いとけよ!」


 白土が驚く中。沼田は簡潔に自身の考えた作戦を伝える。

 そして、察しの良い御門はすぐにそれを理解して、沼田に意見を言う。


「……分かったわぁ、でも、それだけじゃ逃げ切れないと思うけどぉ?」


「分かってる! だから、この西門の近くには馬と馬車がある! デンノットの光による目くらまし、最初はこれとおとりで何とかするしかなかった、だけど、お前らが来てくれたおかけで生存の可能性は大きくなった」


 最後の希望。馬を引き連れて、馬車を手に入れれば。ほぼ、確実にここから脱出が出来る。

 二人が加わったことによって、戦略の幅が大きくなった。

 そして、沼田はデンノットを握り締めながら。持参した木の棒。

 遂に作戦を実行する時。ここからが本番だ。


「覚悟を決めるぞ、合図を出したらこいつ【デンノット】に、火をつける! 光出したら園田……頼むぞ」


「……分かった」


「白土と御門は園田の指示に従って、余裕があったら馬と馬車を引き連れて来てくれ、正確な場所は俺は分からない、だけどお前らなら……」


「えぇ、何度か貴族と一緒に護送の為に行ったことがあるわぁ」


 チャンスは一度。そして、沼田は燃やした木の棒にデンノットを近付ける。

 成功するかは分からない。だが、それを信じてやるしかない。

 沼田は表情を険しくして大声で叫ぶ。


「いくぞ! 目を閉じろ!」


 その瞬間。ここに、強烈な光がこの場を支配した。


 楓と晴木は思わぬ光に反応出来ずに。沼田の指示とは反対に目を閉じてしまった。


 そして、その他の全員が光が続く限り、一斉に行動した。


 果たして、その結果とは。

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