第38話 共闘

 優の頭の中では。すぐに終わらせて。白土の元へ向かいたい。

 このまま繭を放置しておけば。外部へ毒の粉が漏れて余計な犠牲が増える。

 大量のガリウスを維持していられるのは繭からのエンド供給のおかげ。

 つまり、【無数に繋がっている糸を断ち切り】その後。

 再生するまでの間に。【繭の中心に強烈な一撃を加える】という事。


 これが、あの巨大な繭を破壊出来る方法。


『つまり、そこの調子のいい赤髪のエンド能力で、無数の糸を斬った後に、優の強烈な攻撃を仕掛ければいいという話だ』


「調子のいい赤髪じゃねえよ! 出水だ! それよりも、あんた誰なんだよ」


「……ふぅ、まぁ、それが考えられる最善の手か」


 群がるガリウスを殲滅して。優は一度攻撃を繭に向けた。

 だが、強烈なその攻撃も。破壊したと思ったらすぐに再生する。

 弓で貫こうと、剣で斬っても、強力な魔術で破壊しようと試みても。

 痛手を与えた後に信じられない速度で回復する。


 厄介だ。優は流石にこれは一人では無理だと。シュバルツの言っている事は当たる。

 話し合いの結果。作戦通り。


 出水が無数の糸を衝撃波【ソニック】で無尽に斬る。

 優の予測だと繭が完全に再生するまで。【五秒】は猶予がある。

 短そうで長い。優は、それを全員に伝えて失敗は許さないと忠告する。


 その間に。優は力ずくで突破口を切り開く。

 コピーした能力を駆使しながら。学んだ事を生かす場面だ。


 短剣を二本取り出す。一本じゃ間に合わない。ここは、出し惜しみなく挑むことにする。


 飛野はもしもの時のバックアップ。ララも攻撃に参加しようとするが優が止める。


「ララは少女の母親に付き添ってやれ、せっかく俺が助けたのに……死なれちゃたまらないだろう」


「ご、ごめん! 取り乱しちゃって」


 素直にララは謝る。自分が何も出来ないことに悔しいのか。ララは母親に優しい言葉をかけている。


 修行の時に。ララのエンド能力は戦闘用ではない。だが、出水の傷の具合からして。

 恐らくララに治して貰ったのだろう。そうでなければ今頃死んでいる。

 自分にはシュバルツの手を借りない限り。こんな芸当は不可能。

 何時でも、【自分が今やれる事を精一杯】取り組む。それが大切なのではないか。


 そして、優は一人の少女を救った。この女性に聞くと間違いなく。彼女の子供だと言われる。

 優は少女の母親に泣いて感謝される。こんな状況なのに。何度も何度もありがとうと。

 既に何人も人を殺している殺戮者なのに。優は戸惑いの気持ちを隠せない。


 ただ、これだけは言える。どんなに、成長しようと。どんなに、悪に染まろうと。


 ――――家族というものは大切にしなければならない。この母親を見てれば分かる。

 優だって母親がいなければ。この場所に立っていない。最も、現在の自分の進んでいる道。それは、紛れもなく親を不幸にさせているものだ。


(母さん……ごめん)


 痛む心を抑えながら。優は繭の方を向いて作戦を実行する。


「合図をだしたら、攻撃を仕掛けてくれ、あの糸を斬ったら俺が飛び出す」


「おっしゃ……周りの毒には気を付けろ、後は強風」


「それはこっちの台詞だよ、怯えてミスしたら容赦しないよ?」


「そんなもんな……とっくの昔に置いて来てるんだよ!」


 優は合図を出した瞬間。出水は待っていたかのように繭に向かう。

 隣にいる飛野も弓を構える。優は短剣を握り締めて攻撃に備える。


 出水は血だらけの地面に着地する。慣れたと言えば嘘になる。

 気にしていないつもりだった。一年間の訓練がなければ。間違いなく、気が狂っていた。

 あの胡散臭い老人(ルキロス)は好きではない。ただ、考えは認めざる得ない所がある。

 それが、この場面で生かされていると思う。


 出水は表情を険しくしながら。一気に加速する。


「邪魔だ、どけ!」


 新たに発生したガリウスを倒しながら。出水は繭に近付く。接近するとその異様さが分かる。

 発生している毒の粉を避けながら。出水は剣を構える。

 片方を後ろに引き、もう片方を前方に出す。

 狙いは繭を支える伸びる糸。壁をつたっている。しかし、出水の能力の前ではあまり意味をなさない。


 集中力を高める。その隙に周りのガリウスも出水に飛びかかってくる。

 だが、出水は全く気にしない。


 ――――それは出水にとって好都合で。ガリウスにとっては失策だった。


「衝撃波【ソニック】」


 二本の剣を交差させながら。器用に剣を扱う。同時に剣先が伸び、それは無数の繭とガリウスに向かっていく。

 遠くからでは聞こえない糸が切れる音。プチプチと生々しい音が出水の耳に届く。

 迫るフライヤは地面に落下していく。この瞬間。再生までのカウントダウンが開始される。


 着地する事もなく。優はそれを確認すると一気に距離を詰めていく。


 五秒。数えている暇もない。優は目力を強くして。必要な能力を発動させる。


「瞬間加速【アクセル】プラス強化【シファイ】プラス防御壁【シールド】!」


 動きを加速して。二本の短剣を強化させ。毒の粉や強風にやられないために。自分の体を覆うように防御壁を張る。

 慢心は一切ない。眼光は鋭く光り、白髪が勢いの風によって揺れている。

 残り四秒。充分に間に合う。優は勢いに身を任せて特攻する。


『優! 気を付けろ!』


「これって、ち!」


「はぁ!? 動けるのかよ! 確かに糸は全て斬ったはず……いや、これは」


 出水はエンドを使い切った状態で声を荒げる。ミスはなかった。完璧だった。

 ただ想像以上に敵は厄介なものだった。

 外部からの供給は途絶えた。しかし、【繭内部】の供給も途絶えないと。これは倒せない。


 優を拘束するように。無数の糸は優の手を足を縛り付ける。勢いは殺され、優は仕方なく短剣を繭に投げ飛ばす。

 みれだけでも充分な威力のはず。回転するそれは繭を破壊する。

 だが、やはり威力が足らなかった。風穴はあけたが、それだけである。

 片方の短剣は投げる訳にはいかない。攻撃する手段を失うからだ。


 残り二秒。迷ってる暇はない。出水は縛られている優の糸を。真似をして剣を投げて斬る。

 的中し、優の身柄は自由になる。驚きながらも優に考える暇はない。


 残り一秒。優は毒の粉など気にせず突っ込む。短剣を後ろに引いて。一気にそれを前に突き出す。


 繭との戦い。ここでそれは決着がついた。結末は。


「そ、そんな……す、スグル君! どうして……」


「おいおい! あの繭、笹森が攻撃するタイミングに合わせて【内部を硬化】させたのか!? もう、何でもありだな」


 飛野の感知の力によって。驚くべき繭の力の前に優はそれに飲み込まれる。

 包み込まれ、繭の内部は猛毒によって支配されている。

 無数の幼虫がエンドによって急速に成長させている。その異様さに武器を失った出水は表情を曇らせる。


 それよりも、優の安否が気になる。

 ララは泣き叫びながら優の無事を祈る。飛野は迂闊に弓を撃てない。巻き込む心配があるし、残りの本数も限られている。


 負ける。三人の脳裏に最悪の結果が思い浮かばれる。


 だが、それでも。優は負けたとは微塵にも思っていない。

 猛毒の苦しい空間も。あの、壺の中と比べたら。

 全く大した事もなかった。熱さも心の痛みも。あの時は一人だった。だが、今は……。


「このぐらいで勝ったと思うなよ」


 粘液を振り飛ばしながら。優は片手を突き上げながら。繭から脱出する。

 出水によって斬られた糸は再生している。

 このまま繭本体に攻撃しても意味はない。優は周りを確認し、壁に突き刺さっている出水の剣を咄嗟に拾う。

 そして、自身の力の最大の強み。


「衝撃波【ソニック】!」


 試しなどない。練習などしないで。優はフォースの力によってコピーした力をすぐに使用する。


 流石に不格好だが。見事に優は無数の糸を一瞬にして斬りつける。再度、無防備になった繭。

 優は片腕に強化の能力を付加する。左腕を引きながら。物理攻撃で留めをさすようだ。

 剣では繭の内部を完全に破壊するのは不可能。

 決死の覚悟で優は直接突っ込む。


 最早、距離的に五秒の制限時間は関係ない。


 目にも止まらぬ速度で。


「強化【シファイ】!」


 低い声でそう言って。エンドが流れた左腕で。散々苦しめられた繭を拳で貫く。

 繭は原形を失い、優は毒の効果によって左腕が負傷する。

 だが、痛みはない。シュバルツのエンドによって形成されたエンドが役に立った。

 すぐに、それを切り落とし、他に毒が回らないように対処した。


「はは……そんなのありかよ」


 出水は優が投げた剣を拾いながら。自身のエンドを完全にコピーした優に驚いていた。

 有り得ないと。そして、同時に絶対に敵に回しては駄目な人物だと。

 危険視が出水の脳裏をグルグルと駆け抜けた。


 繭のエンドの供給は終わり、ガリウスの追加もなくなる。


 ―――――マルセールの激闘は幕を閉じたと思った時。


 なんと、繭が膨れ上がりそこから大量の毒の粉が噴出された。

 流石の予想外の出来事に。出水と優はそれをまともに受けてしまう。

 息苦しい体内に侵入してくる。さらに、ララ達のいる上空にも飛来している。

 このままでは勝負には勝ったのに。全滅してしまう。

 優がすぐにシュバルツと共に解毒をしようとした。


「燃え尽きろ! この野郎!」


 この瞬間を待っていたかのように。


 飛野は最後の【属性矢】である火矢を飛来する毒の粉に向かって放つ。

 幸いにもこの場所に集中していたため。粉は炎によって焦げて被害はそこで留まった。


 しかし、飛野は思いっきり毒の粉を吸っていたのに。何も異常は起きていない。

 理由は、あの時。御門にやられた注射。【ゲババ草】の毒によって耐性がつき、体内で毒が分解されたのである。

 認めたくないが、御門に殺されかけて、命を救われた形となった。


 そして。段々と赤い空は元の空に戻っていった。

 優と出水はすぐに治療をし、安全な場所へと避難していく。


 移動している途中。気にするのも無駄なぐらいに。負傷した人々が地面に横たわっていた。

 忘れてはならない。優達が戦って勝利はしたものの。

 この尊い街の命が大量に失われた事を。


 こうして、優達はギルド協会に向かって行った。


 だが、その途中に。優は足を止める。


 いよいよとばかりに。新たな目的の為に。優は他の全員に背を向ける。


「……悪いけど、俺はここまでだ! 俺は、今から……」


 復讐より優先する事。目の前の出水達もその対象だが。どうにも、気が乗らない。こんなにも助けて貰った相手を殺す気になれない。

 それよりも自分がすべきこと。したいことを天秤にかけた時。


 ―――――優は決断する。


「大事な人を助けに行く!」


 今もこんな自分を信じて。力をおくり続けてくれる彼女のために。優はもう一度【白い悪魔】として戦場に向かう。

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