第36話 最悪の合流

 出水達は足を止めない。

 これが最後だと思い力を振り絞る。

 そして、遂にこのマルセールをこんな状況にした。原因である【巨大な繭】を発見する。

 見つけた途端。出水は建物の上に着地する。ララに抱えている母親の身を預ける。


「あれか、悪いがすぐに片付ける!」


「……っ! 出水! おい!」


 蔓延する毒の粉。このままだと自分達の身も危ない。

 繭に集まる無数のガリウス。躊躇もせず、鞘から二本の剣を取り出す。

 まずはそれから討伐する事。出水は、額に汗を染みながら。

 空中から回転しながら。荒い声で自身のエンドの名を叫ぶ。


「うおりゃ! 衝撃波【ソニック】!」


 剣先を一瞬だけ引き伸ばす。高台から飛野の声が響いたが気にする余裕はない。

 左右に剣を振り回し、ガリウスを一網打尽に仕留める。

 イモラはそれによって対処が出来る。しかし、フライヤは出水の攻撃に対応している。

 二枚の羽で滑空する。地上には有効だが、空中では当てるのが難しい。


 もう片方の剣をその場で回転させ、もう一度ソニックを発動させる。


 遠心力を上手く使いながら。出水は飛び上がり、自分の目の前に迫るフライヤを斬る。


 何回も忠告しているが。もう、残りのエンドも少ない。だから、剣の技術でこのガリウスを掃討しなければならない。


 壁を蹴り、横に飛びながら。フライヤの体に飛び乗りそのまま剣を体に突き刺す。

 暴れ回るそれにも力を緩める事はない。周りのフライヤが集まって来る事を確認すると。

 舌打ちをしながら出水はこの場から退却する。


「俺も忘れんなよ! 堕ちろ、この化け物!」


 飛野はそう言いながら弓を放つ。残りの、フライヤにも的確に命中させる。

 頼りになると思いながら。出水は血だらけの地面に着地する。

 敵は多い。そして、あの見ているだけで気が狂いそうになる巨大な繭。


 こうしている間にも。被害は進んでいる。もう、これ以上は自由にさせない。


「飛野は俺の援護! ララは女性を全力で守れ! いいか、俺達でこいつらをぶっ殺す!」


「おう、最初からそのつもりだ」


「了解です! 任せて下さい」


 未熟の自分の命令にも従ってくれる。出水は無言で礼を言いつつ。

 無数のガリウスに立ち向かう。士気を高めて、剣を振るい続ける。

 羽はもげて、体は真っ二つになる。出水は力は抜かず。全力で戦いを遂行する。


 ――――だが、その時。フライヤが一箇所に集まる。


 咄嗟の判断で。出水は危険だと察知する。


「伏せろ!」


 高台にいる飛野はすぐにララを引き連れて物陰に隠れる。

 響いた出水の声。それと同時に。一斉にフライヤは羽を上下に動かす。

 強烈な風圧が発生し、それにのせられた毒の粉。

 辺りの建物は崩壊し、毒の粉によって溶かされる。


「いずみぃぃぃ!」


「こんなの……どうすればいいの?」


 飛野達は風と毒の粉を防ぎながら。出水の安否を心配する。

 そして、ララは女性に抱き付きながら。この、どうしようもない状況に表情を険しくする。

 駄目だ。自分達の力だけではどうにも出来ない。


 風がおさまり、飛野は出水の行方を探す。


「ち、畜生……もう、見境なしかよお前ら」


「出水、おい! もう、いいだろ」


 見るとそこには。顔半分が毒によって犯され、壁に突き飛ばされた出水の姿があった。

 すぐに、飛野は出水によって温存を指示された【属性弓】で辺りを焼き散らす。

 これで残り一本。火矢は一瞬にしてこの場を火葬場へと変化させる。

 だが、それも時間の問題。繭の破壊に意味はなく、足止めにはならない。

 それでも、ガリウスがこちらに迫る時間稼ぎにはなる。


 飛野は高台から飛び上がり、すぐに出水を抱えて位置に戻る。


「ララちゃん! 頼む!」


「は、はい! う、酷い」


 ララは思わず両手で口を抑える。飛野も出水の怪我の具合に顔を引きつる。

 遠目からだからあまりよく見えなかった。しかし、間近で見ると木片が胸に突き刺さっている。

 幸いにも心臓は貫かれていない。それよりも、深刻なのは毒の状態。

 左部分か壊死が進行している。ララはすぐにエンド能力を発動させる。


「待ってて下さい! すぐに助けます」


 ララは怯えた自分を叱咤させて。毒を取り除く。外傷は酷いが毒は体内に少量しか入っていない。

 空中に球体となってそれが出される。ララは短剣でそれ斬りつける。

 出水の表情に覇気が戻る。後は、木片の処置。丁寧に周りを治療する。

 このまま無理やり木片を引き抜いては。大量出血でショック死の可能性がある。


「ぐ、足りない? こんな時に」


 しかし、止血は終わっても。完全修復は今のララのエンドでは無理なようだ。

 近くにいた女性はララに何か出来る事がないかと話しかける。

 ただ、ララは軽く笑いながら。何もしなくていいと告げる。


 本当ならこの母親のエンドが欲しい。しかし、それでは自分が助かる保証がない。


 悔しがりながら。ララは呼吸を荒くしながら。手を震わせる。

 自分の力じゃどうにも出来ない。

 飛野は燃え盛る街を見ながら。出水の手を握り続ける。


 そして、建物が揺れる。多数のイモラにフライヤがこちらに迫って来る。


 対抗の手段がない。出水は苦しみながらも。まだ剣を握ろうとする。

 諦めない気持ちは分かる。しかし、やはり撤退しとけば。

 出水がこんな目にも遭わなかった。


「いずみぃ、くそ! あの時やっぱり……」


「いや、飛野! まだ、終わってねえよ……諦めたら、そこで勝負事って言うのは終わる」


 出水は上体を起こす。毒が消え去り、多少は楽になったか。傷跡も浅い。木片を片手で引き抜く。

 血だらけのそれを投げ降ろす。流血は確認出来ない。思いの他、ララの治療は抜群に上手かった。

 痛みは消え去っていないが、これならまだ戦える。


 諦めたらそこで終わる。出水は自分に言い聞かせ。残りのガリウスと繭に目を向ける。


 飛野も再び立ち上がり覚悟を決める。


「やるんだな」


「ああ、とりあえず迫るガリウスを……」


 出水と飛野が立ち向かうとした時。


 ――――白髪の少年がガリウスを一瞬にして倒し切る。


 目にも止まらぬ速度で。短剣を巧みに使いながら。

 イモラを倒し、フライヤを体術で仕留めるその姿。

 正にそれは白い悪魔と言って過言ではない。

 自分達がこんなにも苦労したガリウスを一瞬で殲滅させた。


 その少年。笹森優は出水達を見つけると。蜘蛛の糸を自分の腰に巻いて。

 器用な使い方をしながら。出水達の前に立ちはだかる。


「す、スグル君!? よ、よかったぁ」


「さ、笹森……ま、まじかよ」


「こんな時に、不運な事ばっかり、どうすれば」


 三人の反応はそれぞれ。優も剣を鞘にしまうことはない。

 どちらかと言うと目に殺気がある。目の前には、自分を生贄にしたクラスメイト。

 しかも、状態は弱っている。殺すなら絶好の機会。

 ただ、状況を見るに。ララはこの二人に助けられたのだろう。確証はないが、お世辞にもララ一人でここまで生き残れるとは思えない。

 さらに、四人目の謎の女性。


 優は自分が助けた少女の顔を思い出す。似ている。何処か、面影がある。

 女性は自分を見て酷く怯えきっている。


「スグル君! お願い! 助けて貰ってばかりだけど、もうスグル君にしか頼れないの!」


 ララはこちらに歩み寄って来る。しかし、優は下を俯きながら。


「待て! ララ、今の俺に近付かない方がいい」


 近付いてくるララを拒絶するように。今の優はララの知っている優しい彼ではない。

 見た事のない表情をしている。低い声で威圧感がある。

 それに出水と飛野も反応する。弓矢を片手に持って飛野は冷や汗を額から流れている。


 折角好転したこの戦況も。自分達が生贄に捧げたクラスメイトに。作られてしまった。

 しかし、攻撃を仕掛けようとする飛野を。出水は片手を出して止める。

 そして、胸に手を当てながら。驚く程に冷静に。彼と話し合いをしようとする。


「笹森……お前に話す事がある」


「言わなかったか? 話す事は何もない」


「いいや、お前が無くても俺にはあるんだよ! 聞けよ、いや聞いて下さい」


 飛野は弓を降ろす。ララは何か分からず後ろに退きながら。二人の中間にいる。

 優は頭を抱えながら。溜息をつく。出水当真。優にとっても、出水にとってもお互いに接点はない。

 同じクラスメイトというだけあって。ただ、それだからこそ。逆に都合がいい。

 出水は望みをかけて優との交渉を持ち掛ける。


 一方で、優は左腕から助言が聞こえてくる。


『……分からんな、こいつらもお前の復讐相手だと言うのに全く敵対心が伝わってこない』


「油断はしちゃいけないよ、いつ手の平を返すか分からない、殺せる隙を見せたら……」


『落ち着け、今はララとお前が助けた小娘の母親らしき奴もいる! さらにあの繭の破壊……お前一人じゃ恐らく不可能だろうな』


「それは分かってるよ、だから、まずはこいつらを測る所から始める」


 シュバルツの言葉を受け入れて。

 優は大きく息をはく。そして、無表情ながら。血が付着した剣を出水に向けながら。

 自分の行った行為をさらに告げる。


「そうだな、俺はもう葉月と霧川も殺している」


「……なぁ!? な、なに?」


「ま、まさか!?」


「もう一度言うよ、俺は葉月と霧川を殺した、これでもこの俺と交渉の余地があるか?」


 淡々と残酷な真実をこの場の全員に知らせる。飛野はもちろん、ララも優の行った行為が信じられていない。

 あんなに穏やかで、お調子者の優。自分を助けた恩人が冷酷な殺人鬼。

 そんなはずはない。認めたくない。だが、優が嘘をついているとは思えない。

 飛野は二人の死んだと聞いて。大粒の涙を流す。出水は呆然としながら。項垂れながら夢だと思いたかった。


 優にとってもララに自分の正体が晒させる。何時かは自分から告白しようと思っていた。それが速まったというだけ。


 お互いにとって辛い状況なのは変わりない。しかし、出水は様々な感情、想いを断ち切る。


 この時点で、優の頭の中には交渉も話し合いも決裂すると思っていた。

 逆にこれで心置きなく自分の復讐を果たせる。しかし、出水から返って来た言葉。


「そうか、これでやっと……一歩前に進めるな」


「はぁ? 出水、何言ってんだよ、こいつは先生も葉月も霧川も殺したのに、許せるわけねえだろ!」


「馬鹿、落ち着け! この状況で私情を挟んでいる時間はない! あれを見ろ!」


 出水は指差しながら。繭に集まるガリウス。優が倒してもゾロゾロと湧き続ける。

 赤い空は戻らない。これを青く戻すには。目の前の笹森優の力が必要。

 必死に感情を抑え付けながら。やっと、一歩前に進めると言い聞かせる。


 これで痛みは分かち合った。生贄にされて全てを失った優。共に過ごしてきた仲間を殺された出水。


 やっと対等な位置で話せる。これにこそ、意味があった。


 この世界も。いや、現実世界も。残酷だ。驚く程に残酷だ。特に、このワールドエンドは。憲兵団とは人々の平和を守るためにある組織。

 それなのに、守るのは貴族や有能な人物。特別な力を持つ者が重視される。

 同じだ。出水達がいる世界と何も変わりはない。


 優は思わぬ返答に。瞳を見開く。ここで戦闘が始まると思っていたのに。拍子抜けしてしまう。


「一歩前に進めるだと? 冗談にしては面白くないな」


「確かに、俺達はお前を生贄に捧げてしまった、この武器だってお前のおかげで作ったものだからな」


「捧げてしまった? 全員合意のうえでやった事だろう! 今更、何言ってんだ!」


「それはちげーよ! 信じて貰えないかもしれないが、俺はお前の生贄に反対した!」


 出水は声を張り上げる。信用出来るはずがない。優にとってクラスメイトは敵。

 全員が笑っているように思える。嘘をついているようにしか思えない。


【この三人はいつまでも一緒だよ】


【優、楓も待ってるからはやく帰ろうぜ】


【私はどんな時でも優の味方だよ!】


【お前が辛いときは俺も慰めてやるよ、だから元気出せ】


 全て虚無であり、偽り。二人は仮面を被り、自分を騙し続けてきた。

 どうせ、他の奴らもそうだと。生贄となって一年間。それだけの為に死ぬ気で修行に耐えてきた。

 裏切ったクラスメイトを殺す為に。それなのに、想い出してしまった。


【笹森君って本当に料理が上手いんだね】


【この本面白いよね! 私も買っちゃった! てへへへ!】


【順位は残念だったけど笹森君よく走ったね! 走り切った事に意味があるんだよ! 私も頑張るよ】


【約束だよ? 一人だと寂しいから】


 どうして。彼女は自分の事をこんなに慕ってくれていたのか。彼女がいなければ。こんな気持ちになる事もなかったのに。

 全てを投げ出して。目の前の憎いクラスメイトを惨殺出来たのに。

 心に宿る復讐心が浄化されていくように。最大目的である復讐から優の中で変化が起きていた。


【やっぱり彼女と会いたい】


 今もなお。ペンダントの力もあるが。エンドが供給されている。しかし、彼女の声も姿も確認できない。

 シュバルツの教えをここで思い出す。


『助けて貰ったまた恩がある相手には必ず借りを返すこと』


 優は気が付けば。


「……笹森、何で泣いてんだよ?」


 出水は優の状態の変化に戸惑う。自分も驚いているようで。急いでそれを手で拭う。

 止まらない。溢れる涙は、優を悪魔から心優しき少年に戻すかのように。

 泣きたいのはこっちだと。思わず突っ込みたくなる出水。しかし、急を要する事態と目的の優先順位が変わる。


 優は泣いていても。睨みつける瞳は変えず。出水達に向ける剣を降ろす。


「今はガリウスとあの気持ち悪い繭の破壊を優先する!」


「よし、お前もどうやら一歩前に進めたようだな」


「勘違いするな! 味方になった覚えはない! 少しでも下手な動きしたら殺すからな!」


「おいおい、マジかよ、出水……ぐふ!」


 出水は飛野の頭を叩きながら。とりあえず現状で一番最善の選択だと出水は感じた。


「あの……いや、これはどういう」


「事情は後で俺からも笹森からも話す! お前は話を聞いたうえでどちらにつくか選択しろ! 酷な話かもしれないけど……俺から言える事はそれしかない」


 即興な話し合いの場で。とりあえず首の皮一枚は繋がった。


 そして、四人が揃った上で。全員が結束して繭の破壊に向けての最終決戦が始まろうとしていた。

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