第34話 出会いと破壊

 口元を手で拭いながら。

 優は倒壊した民家の家に立っていた。

 乱れた服装を気にも留めず。異臭を感じ血に塗れた周りを見ていた。

 どれだけガリウスを狩ろうと。数は減るが、その出現は収まらない。

 キリがないこの状況に。優は冷静を装っているが、いつ崩れても可笑しくはない。


 いや、もう優は限界は迎えていた。ここまで、生きている事が奇跡だと自覚している。

 体力もエンドも底を尽きそうになっている。

 シュバルツの供給量も少なくなり、彼もまた疲れ果てている。


 お互いに満身創痍。特に、優は致命的な欠陥が体に生じていた。

 既に、シュバルツのエンドによって作成された左腕。

 それが、形を保てなくなってしまう。片手のまま何とか対応していたが、やはり反応も遅れる。


『不味いな、このままだと……』


「うん、確実に俺は殺されるな」


 サーニャと別れた後。優は、出現しているガリウスを倒しながら。

 少女の母親とララを探していた。だが、探索は困難。フライヤの毒の粉を避けながら。

 自分の事で精一杯である。それぐらいに、切羽詰まっている。

 元々、シュバルツの助けもあってのこの強さ。基礎能力は確かに、昔よりは強くなった。戦い方や度胸も成長した。


 だが、エンド量は決して多くない。今まで、効率よく無駄なくエンドを使用してきたつもりだった。


 少女に良い恰好を見せようと。飛び出したのはいいが、この様である。

 追い込むつもりが、追い込まれている。

 優は失った左腕を見ながら。そう言えば、元々この原因を作ったのはかつての幼馴染。


 何をしているのか。彼女はちゃんと生きているだろうか。優は、赤い空を見上げながらそう思う。


 左腕まで犠牲にして守った彼女。本来なら、自分の隣で支える存在。

 いや、そうと決めつけるのは良くないのか。

 優は真剣な表情で。ふと、楓との出会いを振り返ってみた。


 幼稚園の頃。初めて、彼女と出会う。初見で見た時。優はあまり意識してなかった。

 他の子より、明るく、少し可愛いと思った。それぐらいの印象だった。

 性格も正反対な為か。優も関わる事はない人種だと思い込んだ。


 そして、運命の日は訪れる。幼稚園児なら外で遊ぶ場合がほとんどだろう。


 しかし、この少年。優は他の子と絡まずに。教室内で絵本を読んでいるだけだった。


 理由は色々ある。虚弱体質というのは幼いながら理解していた。

 何をやるにしても周りに迷惑がかかる。

 外で遊ぶにしたって、運動能力の低い優は周りに付いて行くのも困難。

 駆けずり回る他の子を窓から見ながら。誰にも邪魔されず本を読み漁る。


 羨ましいと感じながらも。他人に迷惑をかけるぐらいなら。ここで、こうしてた方がマシだと。

 幼き日の本能が優を抑え付けていた。いや、過去の出来事が優をそうさせているのだろう。


「えぇ、笹森いれると勝てないし」


「ちぇ! 笹森と同じグループかよ負けたな」


「笹森余ってるからどっちにいれるかじゃんけんで決めようぜ」


 いつもこんな扱いをされる。優は、気が付けば他者との交流を拒んでいた。

 まだ、幼稚園児なのに。先生から遊ぼうと言われても断り続けてきた。

 絵本を読み終えて暇になる。この時間だけは楽しい世界に行けるのに。


 優は椅子にもたれかかって呆然としている時だった。


「ねぇ、きみもあそぼうよ!」


 それが夏目楓との最初の出会いだった。

 印象通り。近くで見るとその可愛さが分かる。

 自分と違って瞳がキラキラしており、笑顔が絶えない女の子。

 褐色の手をこちらに差し出しながら。初めて話す優にも分け隔てなく遊びに誘って来た。


 しかし、優は楓の顔を見てすぐに逸らす。


 やめて欲しい。そう、強く願った。この子は自分の体質を知らない。

 だからこんな無神経な事を言えるのだと。


 でも、楓は諦めない。すると、椅子を隣に持ってくる楓。


 この子が何をしようと、何を考えているのか。優は困惑する。

 だが、楓は一緒に持って来た本を机に置く。

 そして、元気な声で優にこんな質問をする。


「このえほんってたのしい?」


「わかんないよ」


「なんで、いっつもよんでるのに」


「いつも、そとであそんでいるきみに、このえほんのおもしろさはわからないよ」


 いや、優にはこの本が面白いという事がよく分かっていた。

 しかし、もし面白くないとこの子が言ったら。

 きっと愛想をつかれるだろう。また、一人になってしまう。

 それで嫌われるんだったら。このまま赤の他人でいい。


 だが、ムスッとした表情で。頬を膨らませながら。

 楓は強引に絵本を開く。そして、優に寄り添う。

 こうしないと絵本が二人で読めない。優は密着してくる楓に嫌悪感を抱く。


 しかし、対照的に楓はとても興味津々で。絵本を見ていた。


「じゃあさ、いっしょにみよ、ひとりじゃおもしろくないけど、ふたりならおもしろいかも」


「なんで? そうおもうの?」


「うーん、だってみんなといっしょにいたほうがたのしいじゃない」


「ぼくといてもたのしくないよ」


「それはあたしがきめること! そういうのはよくないよ」


 結局、半ば強制的に。優はこの夏目楓という少女と本を読まされる。

 最初は何気ない出来事だと。そう思った優。

 しかし、この日から。少しずつ優は拒んでいた人との関りを持つようになる。


 少女は次の日も。優と一緒に本を読む。笑顔がなかった優も楓と一緒の時間は自然と笑みが零れた。


 二人で共有する時間がこれだけ心地いいものだと。優は、彼女とならやっていける。

 それを思ったら滝のように。時間が過ぎて行った。


 幼稚園を卒園してから。小学校の低学年を過ぎたある日。


 成長した二人。クラスが同じになった高学五年生。

 この頃。楓にはたくさんの友達がいた。にも、関わらず優と下校時も一緒に帰っていた。


 虚弱体質というのもあるが、楓にとって優と帰る事が一つの楽しみとなっていた。

 他の子と比べて。気を遣わずに、居られる関係。

 何気ない事を話しながら。楓は無言の優に話題を振り続ける。

 しかし、優には最近の楓は無理しているように思えた。


 ――――目の下に涙の痕がある。腫れている。他の人は気が付かなくても優には分かる。


 楓は意外にもこの頃は泣き虫であった。恥ずかしながら優の前で泣く場面もあった。

 ただ、今回のように。気分を上げて、無理やり健気さを見せようと振る舞う。

 そんな姿もあった。優は立ち止まり、楓の方をジト目で見る。


「無理してるでしょ、楓」


「え、いや……なんで?」


「何があったかは分からないけど、僕に相談出来ることはしてよ、何か力になれるかも」


 小学生ながら。優は人の気持ちや感情に敏感になっていた。

 まるで見透かされているように。

 楓は渇いた笑いを浮かべながら。片目を手で抑えて。涙が溢れてくる。

 優は何も言わずただ言葉を待っていた。


「優には、分かっちゃうのね」


「うん、分かる」


「今日ね、お姉ちゃんが亡くなったの」


「……そうなんだ」


 楓には二歳上の姉がいた。優も楓の内に行った時に。何度か、見たことがあり挨拶をした事もある。

 彼女と同じぐらい。魅力的で笑顔が素敵な人だったと記憶している。

 だが、顔色が悪かったとも認識している。青ざめており、そうかと優は理解する。あれが、楓の姉の苦しんでいる理由。

 恐らく、自分が最後に見た時にはもう……優は、自分にも当てはめて考え込む。


 楓がこんなにも感情を爆発して。泣く事はない。それぐらいに、彼女にとって姉の存在は支えになっていたのだろう。


 ただ、優は顔全体を赤くして号泣してしまう楓に。

 頭の上に優しく手を置く。

 自分だって分かる。少し違うが、父親も不慮の事故で亡くなった。自分は目の前で父親の死去が見れなかった。

 姉の亡くなる所を看病出来ただけ。優にとって羨ましい。そして、こんな言葉を投げかける。


「泣かないでよ、そんな楓を僕は見たくないよ」


「うぐ、ぐす! 優?」


「僕だって父さんが亡くなった時に楓と出会って救われた、だから今度は僕が楓を……救う場面なのかな」


「……」


 優は至って本気だった。しかし、当の本人の楓は思わず笑う。

 無邪気なその笑いに優は少し顔を赤らめる。

 考えれば物凄い恥ずかしい事を言った気がした。読んだ本に出てくる主人公のように。

 笑いが止まらない楓に優は釘を刺す。


「笑い過ぎだよ、僕は真剣に」


「だって! だってさ……でも、ありがとう、何か元気が出たよ」


 楓は泣き止んで、再び笑みを見せる。

 今度は自然の笑顔。作り笑いではない。

 優をそれを見て、つられるように微笑みを見せる。

 そして、優に背を向けながら。表情を察しられないように。


「優は……私の前からいなくならないでね、それから……【ずっと私を一番大切な人】として見ててね」


 その時。優は、そんな事を当たり前だと。そう思っていた。

 この意味深な楓の発言。姉の死亡。


 優は現在の自分の境遇と重ねる。

 拳に力を込めて。あれだけ時間を共にしたのに。この仕打ち。

 ただ、優には楓に会って話をしなければ。そして、この手で殺さなければいけない。

 これは復讐であり使命。


 ――――こんな所で立ち止まり、逃げていては。最大の目的の二人にも。

 残りのクラスメイトにも辿り着けない。そして、自分を救ってくれた人に恩を返すためにも。


「ここから逃げる訳にはいかないよ」


『……そうか、お前がそう決めたんなら止めはしない、だが、勝算はあるのか?』


 意気込みは十分。ただ、シュバルツの言うように。何も情報がない以上。

 このまま戦い続けて向かった所で意味はない。

 優は考え込む。これだけのガリウスが未だに発生している。そうなると、エンドの消費も相当なはず。

 過去にシュバルツが言っていた。大量のエンドを供給しているガリウスや核が必ず存在する。


 優は、何かを思いつき、左腕から体内に移動したシュバルツに。自分の口で説明する。


「迷ったら今までの学んだことを生かして最前の選択をしろ」


『……何か思いついたのか?』


「まあね、これが合っているかは分からないけどね」


 恐らく。この街の何処かに大量のガリウスを動かしている何かがある。

 優は気を付けながら。無駄な戦闘を避けて。旋回しつつ、街を回る。

 ここまで来る途中。ガリウスの動きに法則性があった。

 上から下に。左右からの出現は確認出来なかった。細かいことだが、こういう所で分析は生きてくる。


 つまり、街の北の方に。この侵攻を支えている。そして、終わらせる秘密がある。

 もちろん、これは全て推測で絶対ではない。

 ただ、己を信じて。街の北に足を運ぶ。ギルド協会とは別の方角。あちらの状況も気になる。はやく、終わらせて母親も探し出さなければ。


 焦り気持ちを必死に抑え。時計塔の真上に飛び乗る。そして、そこから見下ろすと。

 同時に優とシュバルツは声を張り上げた。


「見つけた!」


『見つけたぜ!』


 それは巨大な繭。白く大きなそれは、無数の糸に繋がれてその存在を維持しているように思える。

 そこには多数のイモラにフレイヤ。見ているだけで気持ち悪くなる。

 あれを始末すれば。この侵攻はひとまず終わる。ただ、問題は今の自分にあの繭を破壊する所か。

 占領しているガリウスも倒せない場合もある。左腕も回復していない。


 ――――ただ、まだ不思議な事に本当に微弱ながら。エンドは回復している。


 聞こえた声。薄暗い場所での叫び。助けを求める声。

 そして、彼女が自分の名前を呼び姿。

 正真正銘。あの、白土結奈の声である事はすぐに分かった。


 何でもいい。この状況を打破出来るなら。この際、手段を選んではいられない。


 この力の源が何なのかは。優に解明するのは不可能。だが、間違いなく。自分の助けになる事は確か。


 この奇跡のような力に頼るしかないのか。戦略も戦術も減ったくれもない。

 ただ、時にこの奇跡というのが。希望のない戦場に大きな花を咲かせる。

 優は目を瞑り、こちらからも白土に助けを求める。


(こんな俺が言うのも何だが……君の力で助けてくれないか、そのお礼に俺は君の事を)


 その瞬間。優の失った左腕に光が発生する。黄色いそれは段々と。形を作り出していく。

 思わず、口を開けながら。優はまさかと思いながらも。心の中で言葉を続ける。


(君の事を……救う!)


 まさかクラスメイトにこんな気持ちが湧くとは。だが、それはそれで好都合。

 想いは届く。底を尽きかけたエンド。それは、祈りと奇跡の力によって。

 回復し、優の戦意も完全に取り戻す。

 これで破壊の準備は整った。後は、あの繭を……。


「ぶっ壊すだけだな」


『派手にやれ、優』


 そして、優が飛び出した瞬間。別の場所から、出水達も到着した。

 タイミングが重なり、自体は収束に向かって行く。

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