第33話 瀕死と母親

 限界は既に超えていた。

 出水は最後のフレイヤを倒し、剣を鞘に収める。

 消滅した後も。空の様子が変わることはない。

 辺りのガリウスは三人で殲滅した。だが、一安心は出来ない。

 気が付けばこのマルセールも壊滅状態に近かった。


 特に戦闘経験のあまりないララは体力も尽きている。

 飛野も集中力がかけて誤射する回数が増えてきた。

 そして、纏め役として。ここまで引っ張って来た出水も流石に弱音を吐くようになる。


(畜生……こりゃ、助けが来るのは絶望的だと思った方が良いか)


 ラグナロからこちらまではかなりの距離。

 馬車の手配や食糧などの準備。人手が多いならそれだけその時間も長くなる。

 他の憲兵団や騎士団が到着する可能性はないと見た出水。

 非番ならまだしも、イモラが発生しているのは他の場所もそうだと聞く。

 緊急的に呼び出しはかかっていると思いたい。でも、本当に突然の事だから仕方がない。


 と、出水は自分にそう言い聞かせるように。納得させるしか他ない。


 それよりも、ララも飛野も。そして出水自身も。エンドの量が枯渇し、もはや瀕死の状態。


 またフライヤが大量に現れたら今度こそ。出水は首を横に振って最悪の未来を否定する。


 そして、それを察して飛野がある提案を持ち掛ける。


「……撤退しようぜ、出水」


 弓を降ろし、飛野は低い声で言う。

 撤退という言葉に反応し、出水は飛野の方を見る。

 しかし、先程のように。威勢が影を潜め、気弱になる。

 戦力差は明らか。さらに増援の線がなくなり、これ以上にこちらが有利になる事はない。


 戦いが長引けば。自分も飛野もララだって。ガリウスの餌食になるのは火を見るより明らか。

 それだったら、はやめにこの街から撤退し、別の場所で待機。

 そこから、別の部隊と合流して。保護されるか、再びこの戦場に向かうか。


 そこで決めた方が無難な作戦だと思う出水。


 赤い空が自分達を嘲笑っているかのように。

 余裕を見せているように思える。

 力の無さと不甲斐なさに出水は悔しさで握り拳を作る。


 出水にとってこういう経験は過去にある。


 ある日のサッカーの試合の時。

 大差で負けており、時間も残っていない。

 休憩の時。悔しがる出水の隣に晴木が座って来た。

【黄金コンビ】の二人も、流石にこの試合展開を覆せる可能性は低いと見ている。


 しかし、出水はそれでも諦めるつもりはなかった。

 例え、負けようと全力で戦った事に意味がある。

 晴木から受け取った飲み物を口に含みながら決意する。


 だが、エースの晴木は出水とは考えが正反対だった。


「もう残り時間的に逆転するのは不可能だろうな……残り時間は適当にやって凌ごうぜ」


「はぁ? 晴木、お前本気で言ってんのか? まだ時間あるだろ」


 出水は飲み終えた飲料のペットボトルを地面に投げ捨てながら。

 勢いよく立ち上がり諦めかけている晴木を疑問視する。

 確かに、勝利は絶望的だが諦めなければまだ分からない。


 それに、自分達はレギュラーとして。ベンチに座っている連中。そして、そこにも入れなかった連中。

 全員の想いを込めてこの場に立って、試合に出場している。


 手を抜くなど考えられない。出水は闘志を込めながら晴木にやる気を出すように物申す。

 すると、晴木は出水の他に周りに誰もいない事を確認する。

 そして、表情を一変させながら。薄く笑いながら出水と向き合う。


「熱くなるなよ……この試合は練習試合だし、どうでもいいだろ」


「俺達はレギュラーだからそれでいいけど、試合出れない奴もいるのにそんな事出来る訳ねえだろ!」


「まぁ、それはそいつらの実力がないからだろ? 俺達が気にすることじゃない」


「……っ! お前、そんな言い方!?」


 激高する出水。一理ある意見。だが、こんなにはっきりという事はないだろう。

 だが、晴木は冷静に出水を見ながら。驚く程に落ち着きながら面白がっている。

 何故、こんなにも怒るのか。その理由が理解出来なかった。


 晴木にとって。常に勝ち続けてきたため。学校の成績でも。運動でも。その他、欲しい物は全て手に入れてきたつもりだ。

 あまり努力はしてこなかったのが。余計に出水にとってタチが悪かった。

 彼とは高校で初めて知り合い、同じサッカー部に入った時から。

 その才能の差を目の当たりにする。追いついたと思ったら追い抜かれる。


 その繰り返しに。出水は焦りを隠せないでいた。


 そして、この晴木の本性を知る者は少ないだろう。

 彼は絶対に大勢の前では優等生を演じている。今回も出水しかいないため。自分の本性を曝け出している。


 狡猾でやり方が汚いこの風間晴木という人物。出水はいつの日か彼の事を危険と捉えていた。

 しかし、自分と比べた時に周りが思っている人物像というのは残酷なもの。


 仮に自分が、晴木の本性の実態を伝えた所で。信じて貰えない。それ所か、一部の女子から反感を買うだろう。


 彼の本性を知って貰い、彼に好意を持っている異性に注意喚起をしたい。

 と、思うのは建前。結局、出水は自分ために。彼に勝ちたいという気持ちが膨らんでいたのだろう。

 真正面から挑んでも勝てない相手には。裏から何かを仕掛けないと駄目だ。


 だが、それすら敵わないとなると。出水が晴木に勝つ事は不可能。


 それだったらせめて。出水は、適当にあしらっている晴木に。

 もう一度、自分の胸の内を。その決意を目の前の敵わない人物に宣言する。


「――――分かった、でも俺は……最後まで全力で挑む! お前と違って諦めが悪いからな」


「ふ、せいぜい怪我をしないように頑張れよ! ……そろそろはじまるな、お互い頑張ろうぜ」


 残り時間。それぞれが決意を固めて。試合に臨んだ。



「ち! なんでこんな時に、思い出すんだよ!」


 時間が現在に戻り、出水は過去の晴木とのやり取りを思い出す。

 回想にしては後味が悪い。結局、あの後の試合は一点も取れずにボロ負け。

 逆に全力でやった出水が笑われただけだった。


 勝てない試合に全力で挑む必要はない。時に、逃げも大事である。

 この状況。混沌とした戦場の中でもこれは当てはまる。

 これは人の生死をかかっている。自分の勝手な判断で飛野とララを見殺しにする訳にはいかない。


 反論する気もなく。出水は飛野の提案を受け入れようとした時だった。


「助けて……」


 それは大人の女性の声だった。微かだが確かに聞こえた。

 いち早く、ララが気が付く。連鎖するように飛野と出水もその声が耳に届く。

 すぐにララは気力を振り絞り立ち上がる。


「大丈夫ですか!? すぐに助けます」


 そこにいたのは予想通り。瓦礫に埋もれて閉じ込められている女性だった。

 不幸中の幸いだったのか。空洞の中に女性はおり、偶然ながら隠れ場になっていた。

 そのため、毒の粉も風の影響も凌げていたという訳だ。


 ララは瓦礫を精一杯の力で持ち上げる。ただ、瓦礫の他に柱なども倒れており、女の子一人でどうにか出来るものではない。

 顔を真っ赤にしながら。ララは、自分の手が汚れて痛む事など気にしないで。

 ただ、ビクともしない。女性は涙を流し、助けを求め続ける。それなのに、ララはどうしようも出来ない。


 だが、後ろから軽く肩を叩かれる。

 そこに出水と飛野もやってくる。


「おら、俺達の事を忘れるんじゃねえぞ」


「あ……すみません、勝手に取り乱してしまって」


 出水はとりあえず中の女性の状態を確認する。

 普通にやっても助け出せない。ララのようなやり方では出水でも無理だ。

 エンド能力で吹き飛ばしてもいい。だが、範囲が広くこの女性を傷つけてしまう。

 剣を取り出そうとする出水は躊躇する。


 策が思い付かない中。飛野が目を瞑り集中する。


 この【感知】のエンド能力は、エンドの反応の他に。

 物体の感知、空間を把握する事も出来る。

 今回の場合、その崩れ具合から。一番、柔らかい箇所。つまりはひび割れの部分を探し出す。

 こういう場合。脆い部分を重点的に壊せば。楽にこの女性を瓦礫の中から救い出すことが出来る。


 頭の中に波紋が浮かぶ上がる。こういう使い方はあまりしない。

 慣れていないためか。気持ち悪くなる。しかし、飛野の策は当たる。


「……出水、そこの瓦礫を剣で突き刺してくれ」


「いや、それだと瓦礫が崩れて中の女の人が」


「大丈夫、空洞の大きさ的にそこの部分を崩しても中の女の人は怪我する事無く救い出せる」


 このまま悩んでいても時間が過ぎるだけ。

 それだったら飛野を信じて。出水は剣を再び取り出す。


「信じていいんだな?」


「ああ、さっきはお前を信じて行動したんだ……今度は逆に俺がお前を信じろ」


 互いに呼吸を合わせ。出水は飛野が指示した瓦礫を剣で突き刺す。

 すると、ひび割れた瓦礫は崩れ落ちる。砂煙と共に下に落下していく。

 緊張の瞬間。しかし、飛野の予測通り。そこに穴が空き、女性を助けられるようになった。


「や、やったぁ……凄いです!」


「まじかよ!? こんなに簡単に……」


「まあ、俺にかかれば楽勝よ! ははははは!」


(やっべぇ……失敗したらどうするか決めてなかった、しかもあまりの緊張で漏れそうだった、やばいやばい)


 余裕そうに飛野は振る舞っている。

 しかし、内心は動揺しており顔が強張っている。

 腹痛がはしり、思わず出してしまいそうになるが、今後の尊厳に関わるので必死に我慢した。


 そして、ララは迷わず穴に飛び込んで空洞の中から女性を救出する。

 幸いにも大きな怪我はない。残り少ないが、ララは自身のエンド能力で女性の怪我を治癒する。

 その途中。救われたのに、顔が晴れない女性。すると、ララの手を掴みながらこんな事を訴えてきた。


「あ、あぁ……む、娘を」


「む、娘さんも何処かにいるんですか!?」


 まるでこの女性は。自分が救われた事よりも。自分が救われて何処にいるか分からない娘を助け出せるかも。

 そういう考え方にララは思ってしまう。

 自分よりも娘の事を。ララは、女性の手を握りながら。力を込める。


【ララ、貴方は生きなさい、その為にまず必要な事はどんな困難にも立ち向かう事、強大な敵を前にして怯えていたら話にならないでしょ?】


 かつて、自分が母親に教えられた事。回復魔術と医療知識だけではない。

 様々な事を教えられ。その中でも、物事を挑む上で必要な極意。その、挑み方。

 ララの母親は自分と違って、強く逞しい人物だった。


 どんな困難にも決して立ち向かう勇敢な女性。父親とは正反対と言っていいだろう。


 そして、ララはそんな母親に救われた。


 厳しく優しい自慢の母親。それなのに、運命に負けて。あの忌まわしい壺の生贄となった。

 だからこそ、この悲劇的な運命によって。大事な娘を殺させるなど。絶対にララにとって防ぎたい事案だった。


 この身は母親がいたから。今もこうして剣を振るえている。


 母親に憧れて魔術師になろうと思ったララ。だが、それを捨てて冒険者になったのには理由がある。


 外の世界を知りたい。それと、自分自身の手で苦しんでいる人を助けたい。

 冒険者ならば、色々なものをこの目で見れる。体験出来る。母親のような女性に少しでも近づける。


 ララは、笑顔で力強く。女性の想いに応える。


「事情は把握しました、私が貴方の娘さんを救い出します!」


「い、いいのですか? だって……」


「いいんです! これは私が救いたいと思ったから、救うだけです! それに、目の前で困っている人は……見逃せないからですかね」


 ただ、これは自分の問題。これ以上、他の人を巻き込む訳にはいかない。

 思えば、あのイモラの時だって。優に助けられ、剣も教えて貰った。

 そして、今回も見知らぬ憲兵団に助けられた。自分は本当に力を出せていない。


 ララは母親を願いために。治療を終わらせ立ち上がる。


「おいおい、【私達】だろ? そこは……何、勝手に一人で突っ込もうとしてんだよ」


「腹が痛いけど、ここまで来たら最後までやってやるよ! 君には俺の毒を抜いて貰った恩もあるしな」


「イズミさん、ヒノさん……」


 すると、出水は女性を背負い込みながら。ララに協力するという意志を見せつける。

 飛野も険しい表情をしながらも。助けて貰った恩を果たすために。

 ここは男を見せる事にした。出水と飛野にとっても、ララの今回の功績は大きい。

 そもそも、駆け付けて来なかったら。飛野もそのまま毒で死に、この女性を救い出す事も出来なかった。


 バラバラだった線は少しずつ一つになって繋がりを見せつつある。


 三人はもう一度。戦う意志を固めて。母親の娘を探し出す。


 と、思ったのも束の間。母親は出水の背中越しから。

 空に発生したイレイザーを終わらせる。貴重な情報を得ることとなる。


「あの……少しいいですか?」


「ん? まだ何かあるんすか?」


「その、私が逃げている道中に巨大な【繭】を発見したんです……それも、考えられない程に大きい」


 このガリウスの侵攻を終わらせる。出水はそれに反応して詳しく話を聞いた。


 同時に別の場所でも。動きがあり、交錯する想いは一つになろうとしていた。

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