夢喰 第1部 -覚醒編ー

月冴(つきさゆ)

【序章】深夜の訪問者

「………いやいや、…せねば……」


「それよりも…の方が先決だろう……」


「お主が………を果たさぬか………」


「…仕方がない。気づかれぬうちに…」


 静まり返った3LDKのマンションのどこかからか、人の話し声が聞こえる。それも1人や2人ではない。少なくとも4つ以上の異なる声色が確認できる。この4部屋しかないはずのマンションで、大勢の人のこそこそとささやく声が聞こえてくるのは、あまりにも不自然である。なぜならばー


「すぅ………すぅ………」


照明の落ちた真っ暗な室内で寝息を立てる少女、【水乃みずの 樹里じゅり】しか、ここにはいないはずだからである。


 それは、今年の4月から外務官僚である父親が、外交官としてイタリアに赴任ふにん。それに付き添うように留学してしまった、樹里とは3つ離れた19歳の兄。先週から旅行と称して、父親の元へ飛んで行ってしまった母親のせいで、この3LDKのマンションに1人取り残されてしまったからである。


 とはいえ、マンション自体がセキュリティもしっかりしており、21時までは家政婦が家の面倒を見てくれている。それに、隣人には幼少期からの幼な馴染なじみである少年と、その母親が居住している。母親同士はまるで実の姉妹のように仲がいい。家族ぐるみの付き合いであり、心から信頼のおける隣人なのである。


 それもあってか、母親はよく思いついたように


「お父さんとこ、行ってくるから」


と、仕事で世界中を飛びまわる父親に、年に何回も数週間という長い間付き添い、家を留守がちにしている。実際、樹里と兄の2人だけで苦労したこともなければ、何不自由ない暮らしをさせてもらっているのだから、文句は言えない。


 文句は一切なかった。16年間一度として、その身に危険が及ぶことはなかった。


 この日を境に、樹里を取り巻く環境が一変するまでは。


ーーーーー1 ーーーーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る