なんでもない日常に

春野 秋

雨とわたしの

泣くと、なぜだか、泣いてくれ


見上げて、空へと手を伸ばす


それは全てを包み込み


ゆっくり時間が落ちていく







今日は厄日だ。

朝起きると、時間は8時20分。これは初めてというもので、夢なのかと思ってしまうくらい寝坊した。

急いで支度をして学校に行く。朝ごはんは食べれなかった。


「行ってきます。」


誰もいない空間に、響き渡る自分の声を確かめて、私は学校に行く。もう無理なので走らない。自分を知ってる人は通っていない。それでも憂鬱すぎて早歩きになる。意識してゆっくり歩けば歩くほど、どんどん早歩きになっていく。

スタスタスタ。スタスタスタ。

あぁ、なんでこんなに憂鬱なんだろう。


ほんとに今日は厄日だ。学校はちょうど休み時間だったが、教室のドアに黒板消しを引っ掛けてあったのを、私は気づかずそのドアを開けてしまった。


「あっ…。」


周りがそう言ったけど、もう遅い。白とか赤とか黄色い粉が私の頭にドサリと着いた。あぁ、もう最悪だ。


「ごめーん……、三島。」


「今日、おそかっ…たね。」


誰に向けてこれをやったんだ。私か、私なのか。どんな嫌がらせだ。頭に綺麗に乗ったそれを手に取り、黒板の桟に置く。そしてみんなの方を向き、


「寝坊しちゃってっ…。」


肩をすくめて口角を上げてみせる。みんなはちょっと落ち着いて


「そっかぁ!いやぁ、ごめんな?ほんとに。あれ、違うやつにやろうとしたんだよー!」


とパタパタと頭の粉を払ってくれた。鬱陶しくてたまらない。


「大丈夫、大丈夫!」


笑って返すけど、ほんとに今日は厄日だ。



その最悪は止まらない。

「三島ー!これ、職員室まで運んでくれー。」


先生が私を指名する。


「私、ですか。」


「そうだ。遅刻したしな。持ってきてくれ。頼んだぞ。」


「わかりました…。」


頼まれたプリント類は重たくて、よろよろする。お昼ご飯まであと授業が1時間。耐えられない。今にも倒れそうだった。


「おも…。」


よいしょと、少し気合いを入れて運び直す。職員室まであと少し。

よし、着いた。思った瞬間、プリントが手から全て落ちた。バラバラと落ちていくそれはもう止められない。


「うわぁ!」


いやいや、ほんとに辛すぎる。慌ててプリントを拾い集めドアを開けて、先生の机まで運ぶ。


「三島か。ご苦労さん。ありがとな。」


「いえ。じゃあ、失礼します。」


「あぁ、三島。お前、進路希望用紙まだ出てないだろ。早く出してくれよ。」


先生に言われて思い出す。そう言えば、まだ出していなかった。


「はい、明日持ってきます。」


先生は私の顔なんか見ずに、


「まだ1年だし、具体的じゃなくていいんだからな。とにかく早く出してくれよ。お前が最後なんだから。」


「…はい。」


そんなこと言われても、と私は思う。学生というものは、無理矢理にでも将来の夢を聞かれる。そんなもの簡単に考えられるわけないのに。

小さい頃は簡単だった。楽しそうとか、カッコイイとか、可愛いとか、思っただけで決められた。口に出しても、いい夢だねなんて言われたりした。

でも今は違う。叶いっこない夢をひとつでも語るだけで、なれるわけない、お前が?とか、夢見すぎじゃね?とか言われるだけだ。言われ続ければ、自分でもそう思うようになって、気づけば、ホントに自分がなりたいものがなんなのか、わからなくなってしまった。

夢なんてそんなもの、考えるのをやめた。真面目に考えれば考えるほど、辛く、苦しくなるからだ。

それにしても、明日提出しなければいけないとは最悪だ。やっぱり今日は良くない。




学校が終わって、やっと家に帰れる。家にいれば安心だ。と思っていたけど、


「もう!あんたはいつもいつも!」


「なによ!お母さんだって同じでしょ?!」


どうして喧嘩をしているんだ。妹と母は最近仲が悪い。でもこんなに怒鳴り合うのは初めてだ。私は小さく、ただいまと言って家に上がる。行きたくないリビングに行ってお茶を飲む。それに気づいた母が、


「ちょっと、るい!帰ってたならちゃんと言いなさいよ!」


「ん、あぁ、ごめんごめん。」


「ほんとにもう…!」


バレたかぁ。辛い。これは私にも火が飛ぶやつだ。


「お母さん!今私と話してるじゃん!」


私のことは気にせず、できれば妹と喧嘩していてほしいと思ってしまう。早く部屋にいって寝たい。


「お母さん、みきが呼んでるよ?」


そう言ったけど


「るい、そう言えばこの前、進路について話してたわよね、あの紙、もう書いたの?他の子のお母さん達に聞いたけど、もうみんな出してたわよ?」


母は話を続けてきた。


「あぁ、うん、もう出した。」


嘘ついて切り上げようと部屋のドアを開けると


「まだ1年生だからいいけど、適当に決めちゃダメよ?あなたにはいい所に行って欲しいんだから。」


「うん…。」


部屋を出るとまた喧嘩が始まった。黙って部屋に行き、着替えずにベットに倒れる。


「はぁぁぁぁぁ……。」


ため息をつくと、起き上がって着替える。机に向かい、カバンからあの進路用紙を出す。でもやっぱり決まらず、ベットに入って布団をかぶる。私は眠ってしまった。



目が覚めると8時くらいで、お腹がすいたのでリビングに行く。お父さんはまだ帰っていなかった。母と妹がお互い黙って夜ご飯を食べていた。


「お母さん、私のご飯、ある?」


そう聞くと、母は私をちらりと見て、立ち上がりご飯をよそってくれた。

リモコンを取って席に座り、テレビをつける。ガヤガヤと音がなり始めた。


「お姉ちゃんはいいよね、なんでも出来て。」


急に妹が喋り出してびっくりした。


「え、なに急に。」


「だって、勉強も運動もそれなりに出来て、友達も沢山いて、ピアノとか、読書感想文とか、賞とったことあるし、」


「ちょっと待っ待って、」


話がやまない妹を止める。


「どうしたの?なんかあった?」


妹は不貞腐れた顔をして


「べつに。お姉ちゃんはずるいって話し。」


怒ってやりたくなった。私だって最初からできていたわけじゃないのに。ただ、ちゃんとやりたくて頑張っていたら賞をもらえただけ、点数が上がっただけなのに。そんなふうに言われると辛かった。

食事が終わってまた部屋に戻った。机の上の進路用紙はまだ真っ白だ。


嫌になってバレないように家を出る。今日は家も外も良くないことが起きるけど、家にいるよりはましだった。

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