第二十六話 そんな技あるなら先に言っといて

   

「どうするつもりも何も……」

 言葉を区切ったマドック先生は、口の右端だけを、わずかに吊り上げました。

 微笑みとも苦笑いとも異なる、初めて見る表情ですが……。本人としては、ひょっとしてニヒルな笑いのつもりでしょうか。

 マドック先生は、襟口を掴まれたままだったシャツを、彫像状態の男性客からそっと引き抜いて……。

「……こうするつもりだったのさ」

 そう言いながら、少し腰を落として、右手をグッと後ろへ引きました。

 勢いをつけて――正拳突きのような形で――、武闘家の男性客を殴るつもりでしょうか?

 一瞬そう思いましたが、よく見ると違います。それならば拳は握っておくはずですが、思いっきり開いています。むしろ平手打ちをするような……。

 私が、そこまで考えた時でした。

「ハッ!」

 気合の声と共に、マドック先生は、その『平手』を大きく前に突き出したのです!


 武闘家の体にマドック先生の手が触れるか触れないか、くらいのタイミングで。

 マドック先生から掌を叩き込まれた武闘家は、固まった姿勢のまま、凄い勢いでブォーンと弾き飛ばされていきました。

 ちょうど店のドアは、彼自身がけっ放しにしていたので、そこから店外へ叩き出されたくらいです。

 それほどの威力のある一撃でした。


「ほら、客は帰ってくれたぞ。お嬢ちゃん、扉を閉めておいてくれ」

 何事もなかったかのように言い放つ、マドック先生です。

 確かに、あの男性客。しばらくすれば私の魔法の効き目も消えて、また動けるようになるはずですが、こんな目にあった以上、もう戻ってくる気もないでしょう。

 それより……。

「マドック先生、今の技……。いったい何ですか? マドック先生は、武術の特殊技能も授かっているのですか?」

 好奇心を抑えきれずに、私は尋ねます。

 転生者の特殊技能というものは、神から与えられた超能力。一人一つのはずです。

「ああ、これか。別に特別な技でも何でもない。元の世界にあった発勁とか気功法とか、そんなものの真似事だな。正確には、俺もわからん」

「ハッケイ……? キコウホウ……?」

「簡単に言うと、相手の体に気を流し込んで倒す、みたいな感じだ。といっても、向こうじゃ漫画やアニメでよくある概念ってだけで、あまり現実的じゃない話のはずだが……」

 ここでマドック先生は、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべました。ちょっとした悪さがバレた子供を連想させる、そんな笑い方です。

「……ほら、こっちの世界だと『魔力』ってもんがあるだろ? あれがフィクションの『気』に相当するらしくて……。やってみたら出来ちまった」

 いやいや、マドック先生。

 魔力は魔法の源です。魔法使い限定ではなく、誰しも潜在的に保有しているものですが、それを魔法に昇華できるのは魔法使いだけです。

 武術に魔力を応用するなんて、そんなことが出来るなら、私たち魔法使いの優位性が崩れてしまいます!

 ……などと私が考えていたら。

「まあ、もっと言うなら……。これも俺の特殊技能、THEリコンビナントRECOMBINANTの副産物みたいなもんだ」

   

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