第二十五話 お客さん大激怒

   

 マドック先生の説明不足を自分の考察で補ったことで、私は少し悦に入っていたのですが……。

「ふざけるな!」

 男性客の怒号によって、現実に引き戻されました。

 見れば、彼は顔を真っ赤にしています。初めて見る顔色です。

 今までも怒っていたはずですが、今まで以上ということなのでしょう。

 マドック先生の胸ぐらを掴む右手にも変に力が入っているらしく、拳がブルブル震えています。

「わけのわからない言葉で、俺をけむに巻こうったって、そうはさせねえぞ!」


 まあ、そうですよね。

 私が医療系だから知っている用語――遺伝子とかタンパク質とか――も、私ですら困惑したウイルスの名称も、この男性客にしてみれば同じに聞こえるはず。

 つまり、どちらも「わけのわからない言葉」でしかないのです。

 ならば「誤魔化されている」という気分になっても、仕方ありません。

「いや、そんなつもりはないのだが……」

 顔をしかめながら、マドック先生は正直な発言。

 感情的な相手に対して冷静に対応するのは、ある意味では正解なのでしょうが……。この場合は、むしろ「冷たくあしらっている」と思われたようです。

「まだ言うか! ならば!」

 ますます逆上した男性客は、左手を――マドック先生を掴むのと反対の手を――大きく振り上げました。

 固く握りしめられた拳を見れば、彼の意図は明白です。マドック先生に殴りかかるつもりです!

 危ない!

 心の中で叫んだ私は、少し前に思い浮かべた『対応策の想定』に従って、魔法の呪文を口にしました。

「大いなる闇の精霊よ! 我が祈りに従いて、の者の動きを止めたまえ! フリーズ!」


 発動した静止魔法『フリーズ』により、男性客の動きがピタリと止まりました。まるで、彫像か何かのようです。

「ほう……。お嬢ちゃん、そんな魔法が使えたのかい」

 マドック先生は、のんきな感想を口にしていますが……。

 この人、私に助けられたという自覚、ないのでしょうか?

 でも、それは敢えて言葉には出さず、

「はい。基本的に光系統しか使えない私が、唯一発動できる闇魔法です」

 と、大人な対応をしておきました。

 静止魔法フリーズ。

 光の精霊の力を借りて唱える魔法ではなく、闇の精霊による魔法です。

 私にとっては例外的な魔法ですが、か弱い女子の自衛手段としては、とても重宝する魔法なのでした。

「そうか……。まあウチの店では、使う必要もない魔法だろうな」

 いやいや、マドック先生。

 今みたいに理不尽な客が来た時には、こうやって対処するしかないでしょう。

 そう思った私は、もう『大人な対応』は捨てて、はっきり告げることにしました。

「でもマドック先生。もしも今、お客さんの暴力を私が止めなかったら、どうするつもりでした? 今頃、この人に殴られてたんじゃないですか?」

   

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