死に寄り添う悪食(7)
まさか食ってんのか……。人間を超えた先に踏み込む事なんて今までなかった。
作り物の世界では目にしても、眼前にそれを繰り広げられたとき、人は驚く程冷静になるようだ。
5秒前の憤怒はチワワ程になっていた。
「勘違いしないで食べてないわ、少し大人しくしててもらえる」歩み寄られ、左の頬に衝撃と痛み、口の中に鉄の味。
影で見えなかったが、見えない速度のパーでやられたらしい。
拍手のような爽快な音はしなかった。そんでもって痛い。
「これは汗を拭った時に付いたものよ」逆光で表情は何もわからないが多分ドヤ顔してるなこいつ。
どっちにしろ許される訳ないだろ。大男のシルエットを睨む。
大男の視線は一瞬虚空に奪われ、俺を睨み返しているように見えた。
「動けず真っ裸のあなたに何が出来るのかしら」右頬から伝わった衝撃は、頭ごと吹き飛ばし視界を歪めた。
「人の皮は、薄いか…………」
高音の耳鳴りが男の言葉を遮る。
7割くらい血の混じった唾は、乾いた木製の床に浮いていた。
この寒さで眠ったら、もう二度と。
誰か……呼ん。
再び遠退く意識。その最後に、肝試しに来たヤンキーみたいなやつを見た。
「西野さん早く」
はやくしろゲンブ。軽トラに乗り込み、荷台に乗ってる(?)麟ちゃんはガラスを透き通り、あご髭と私の間に顔を出し急かす。
この構図は心霊写真ならぬ生心霊だ。
軽トラじゃなかったらもっとホラー感があるんだろう。
ゲンブさんが知ったら絶対に面倒臭い、内緒にしておこう。
麟ちゃんの指示を髭に伝え、車は走り出した。
曖昧な案内はやがて森の中へ、あの神社がある深い森の奥へ。
道が悪く揺れる車内に、沈黙は流れなかった。
「あの試合勝てばランク上がったのによ、お前が邪魔するから割れちまった」
「もたもたしてたら朝倉さんの頭がカチ割られます」一方的に見聞き出来る幽霊って、便利だな。
やり直せばいいだろ。
「やり直すのも大変なんだぜ」
「やり直せるだけマシです」
それ言ったら誰も言い返せないから。
「命はやり直せません」
「やり直す大変さがわかったようだな」
真剣なのはわかるけど、落差が激しいんだよ。黙って運転してよ。
私一人で処理しきれない。朝倉は割とコミュ力あるんだなと少し関心した。
神社を通り過ぎ更に奥へと進む。
「本当にこっちで合ってんのか、この辺あの神社くらいしかねぇぞ」
「合ってます」
合ってるってよ。ずっと前屈みの体勢だけど辛くない。
「さっきから会話噛み合ってないと思ってたけどよ、今の明らかに第三者の言伝だよな」
何も聞くな、今パニクられるとだるい。
「どうゆう事だ説明しろ」めんどくさ。
事が終わったら全部話すから、今は聞くな。
「チッ……ゲンブさんと約束だぜ」渋々大人を見せ付けてくるゲンブさんは正直うざい。
わかった約束するよ。
心の底からめんどくさい。朝倉に説明させよう。
「もう着きます、この辺から歩いて行きましょう」
停めろゲンブ、ここから歩く。
月明かりもなく車のライトも消えた森の中は、得体の知れない恐怖心を煽るはずなのだろう。麟ちゃんが居なければ。
「行きますよ」
枯れた葉は二人分の音を立て、先行くモノ追いかけた。
どうして真夜中の森で幽霊追い掛ける事になったんだ。
約束の日時は明日だったはずなのに。お風呂を堪能した所までは平和だった。
問題はその後、やたら光るスマホが目に入った。内容は「すぐ来い」だけ、電話も来てる。
何処にだよ!と一言言ってやりたくて掛け直した。
あいつは電話に出なかった。そしてそれ以降音声案内が流れるようになった。
最初に掛け直してから、何かがあった、確実に。
まぁそんな事もあろうと、朝倉のスマホに入れておいた浮気防止用のアプリを起動した。
特番観ながら。
かなりの速度で動いてる画面上の点、これは……拉致られたな。
ある地点で不意に地図上から姿を消した点、現在地不明の表示。
すまない朝倉。と思ったが麟ちゃんがどう突き止めたのか、私の部屋に居る。
そうして気付けば此処で幽霊を追いかけてる今がある。私の責任なのか。
元は私が面白そうって思ったからだけど。
勝手に動いたあいつも悪いと思うんだ。
私は自分自身に言い訳をした。もしも朝倉が殺されててもいいように。
私は軽く引き受けた事だった、しかしあいつは思ったより真剣だったんだ。
正直舐め腐っていた。
こんな事になるなら、風呂上がりのカフェオレはちゃんと飲んでおくべきだったと後悔している。
深い森の中、僅かな光が燻んだ窓ガラスに吸い込まれ、鈍く漏れ出してる。
ここか、麟ちゃん先に中の様子を。あご髭に聞こえないよう、吐息混じりで伝えた。
「神社より奥にこんな廃墟みたいなもんがあるとは、なんかこえーな。日暈はこんなとこで何してんだ、というか全体通して何が起こってんだ」
私を置いてアドベン……。
「朝倉さんが、朝倉さんが!」戻ってきた麟ちゃんは慌てふためき幽霊なのに息を切らせていた。
もうピンチかよ。
「ずっとピンチです!!」
仕方ない、行ってくる。
パニクる麟ちゃん捨て去り、傍観する陸でなしを黙殺し。
月の無い夜を漏れ出した微かな明かり目指して駆け出す。勢いそのままドアを蹴破った。
ここからは私のアドベンチャーだ。
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