死に寄り添う悪食(5)
犯人の拠点は徒歩で行ける距離ではあるが、自転車くらい持ってろよ俺。
夜道を走りながら西野に電話をかけまくる。
麟ちゃんの案内に答えて走る姿は、周りから電話のうるさい奴に写っているのだろう。繋がってないのに。
あいつ電話でない。ちょっと休憩するから
西野呼びに行ってくれ。
公園のベンチにドサッと座り込んだ。あの神社といい最近走らせ過ぎじゃないか運命よ。
運動不足と、これのせいでもう走るのが辛い。ポケットから煙草とライターを取り出す。
煙草に火を付け、月明かりに照らされた遊具が眼に映る。
なんか青春っぽい、でも絶妙に現実味がない。本人死んでるから助けるも何も手遅れだ。
とは言っても今日の俺はやるんだろうな、ずっと前はそういう人間だった。
他人からすると大した事のない問題でも、当事者は現状それが全てで、聳え立つ壁を前に怯えている。
それはきっと誰にでも当てはまる。そんな人を前に解答を知ってる人間が手を差し伸べる事、ヒントを与える事があってもいいと思っていた。
しかしその人が自分の力で乗り越える事で、価値観が変わったり成長出来る可能性を摘み取ってしまう。
それを知ってからあまり首を突っ込まなくなった。煙草を吸い終わる前に麟ちゃんが帰ってきた。
どうやら幽霊に距離は関係ないらしい。
「西野さんお店に居ませんでした、色々と探したんですけど髭のおじさんが、二階でゲームやってるだけで」ゲンブの野郎、視えてないみたいだし。
役に立たないからいいんだけど、なんか腹立つ。10円はいいのか、後数時間で日付け変わるぞ。
仕方ない二人で行こう。西野にはメールしておく。
息を切らして現場まで辿り着いた。ありふれたマンション、3階の一室。
そこが麟ちゃんの眠る場所。幸いオートロックは付いてない。外から確認するが電気は消えている。
麟ちゃんに中の様子を見てもらった。
「もぬけの殻でした、もうお家には帰れないのでしょうか」行き場を失くした家出少女は誰が見ても落ち込んでいた。
何か手掛かりを探してきてくれ、諦めるのはまだ早い。ほんの少し明るく、真剣な表情で頷く麟ちゃん。
涙を流す事も出来ないこの子に、これ以上悲しい思いはさせられない。過去の自分が背中を押す。
今出来る事は全部やらなきゃ、きっと後悔するんだろう俺は。
手を差し伸べる事をやめた代わりに得たものは、やらない後悔だった。
その結果がコンビニと喫茶店にしか行かないニートだ。トラブルの元凶である、人そのものと関わりを閉ざす為に。
過去の自分を思い出し、感傷に浸ってる間に麟ちゃんが戻ってきた。
「手掛かりになるかわかりませんけど、玄関に鍵が落ちてました」忘れ物か、落し物か、もしそれが移動した先の鍵ならきっと戻ってくる。
その間に設定してるかわからないけど、カーナビの行き先確認するんだ。少し待ってみよう。
西野は相変わらず連絡なしか。何してやがる。マンションの壁にもたれかかり、煙草を咥えた。
「煙草吸うのですね」露骨に嫌な顔で見られた。あっやめます。しかし幽霊に気を使うのも変な話だ。思い直し火を付けた。
「吸うのかよ」初めて幽霊に突っ込まれたが芸風は俺のそれだった。
幽霊と漫才しながら3本目の煙草に火を付けた時。
一台の車がマンション玄関口に、横付けするのが見えた。
エンジンはおろかライトも消さずに、マンションに入って行く運転手。
光でシルエットしか見えない。確認する間もなく、麟ちゃんは車内を覗きに飛び出していた。
間違いなく犯人だ。ナビを確認しても遠すぎたら、追いつく前にバラされてしまう。
鍵もかけてなかった事を思い出し、車内に潜伏する事を決意した。
と同時に駆け出していた。車種はいわゆるワゴンで後部座席は折りたたまれ、人一人が包まれているであろう寝袋が横たわっていた。
その隣に隠れるように寝そべる。
幽体の麟ちゃんも隣に寝そべって隠れている。
「なんかドキドキしますね」いや普通の人には見えてないから隠れる必要ないだろ。
「もし見える人だったら見つかります」語気強めに反論されたが、今まで見つかってないなら大丈夫だろと言いたい。
もし仮に運転中に見た日にゃ麟ちゃんの仲間入りだ。
しかし嬉しそうに隠れてる麟ちゃんを、これ以上咎められない自分がいた。
幽霊でもドキドキするのか。諸々言いたい事を飲み込み、2人の麟ちゃんに挟まれ沈黙を決め込んだ。
キャッキャしてる麟ちゃんを尻目に、見つかったら殺されるという恐怖で麟ちゃんとは別のドキドキを味わっていた。
するとドアの開く音、すぐに閉まる音が聞こえた。人が乗り込んだ緊張感と振動が、車内に響く。
エンジンが掛かり車は静かに動き出す。
なんだろう、この違和感。
何処かで大切な何かを見落としているような……。
地獄へのゆりかごに揺られながら、この後どうするのかを全く考えていない事に気付いた。
そもそも麟ちゃん強奪が目的なら、犯人が鍵を探してる間に回収すればいい話だったじゃないか。
回収した後の事さえ考えてない、これは完全に見切り発車だ。
勢いに任せて来てしまった。あの頃から詰めも考えも行動も全ての甘さが据え置きじゃないか。
考えるんだ、この後の事を。
このままでは、生前の麟ちゃんの二の舞になってしまう。
「ビィービィー……」静かな車内に響く機械的な振動は、更なる静寂を作り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます