第28話 祭りに誘う


 誕生日を迎えた。誕生日といっても長田さんの家のように誰かを呼ぶわけではなく母がケーキを買ってきて年齢分の蝋燭を立て家族だけで過ごす。

 今年は母は真新しいグローブを買ってくれて、叔母さんは世界文学全集の3巻を買ってくれた。叔母さんの場合は毎年これだ。といっても3年目だけど。一巻と二巻は全部読んだし、もう何度も読み返している。

 そして、父が自分の使い古した一眼レフのカメラをくれた。父はもっといいのを自分用として買ったようだ。それでも、とても高級なものなので僕にはすごく嬉しかった。

 僕はフィルムをセットして何を撮ろうかと次の日が来るのが楽しみになった。


「ねえちゃん、これ派手やない?」

 お祭りの当日、叔母さんが浴衣に着替えて母に見てもらっていた。

 朝顔、それとも夕顔、なのかわからない紫の花が叔母さんの体を包んでいる。

「優美子、お祭りに行くんやったら、これを着て行き、私のお古やけど」

 その浴衣はそう言って母が箪笥の奥からだしてきたものだった。

 叔母さんは姿見の前に立って角度を変えながら浴衣姿を見ている。

 どこが派手なのか地味なのか僕には全然わかならい。

 僕は父からもらったカメラを叔母さんに向け「撮ったるから動かんといて」と言うと「あかん、絶対に撮ったらあかんよ」と言って叔母さんはぷいと背を向けた。

 それでも夕方になるとその浴衣を着て叔母さんは僕とお祭りに行くことになった。

 その道のり叔母さんはずっと浴衣を気にしながら歩いていた。

「ちょっと短くない?」と僕に聞いてきたり「髪、結ってくるんやったわ」とか一人でぶつぶつ言ったりして歩くのが遅いので僕が先を行くと「陽ちゃん、待ってえな」と言ってサンダルの音を派手に鳴らしながら追いかけてきた。

 夕暮れ時なのに神社が近づくと道がほんのりと明るく見える。

 そして、大勢の人の賑やかな声が聞こえてくるのと同時に境内までの道づたいに屋台が並んでいるのが見えてきた。

 お祭りは学校近くの大きな公園のある神社で催されている。夜には公園の敷地内で大きな花火が打ち上げられる予定だ。



「小川さんをお祭りに誘いに来ました。他にも僕の友達や親戚の人がいます」

 そう村上くんがお母さんに言った。

 村上くんが嘘をついてくれた。そのおかげでお母さんは私が仁美ちゃんをお祭りに誘うことを知らない。もし知ったらきっと只では済まない。

 お母さんの前では「香山」とか「仁美ちゃん」の言葉は絶対に言ってはならない。

 家の中ではそれは禁句だ。

 でも私は知っている。

 お母さんのお遣いで郵便局にお通帳を記帳に行く時、私はいつも何度も見ている。そこに毎月「カヤマ」という字が印字されているのを。

 何の目的のお金なのかはっきりとわからないけれど、このお金の一部をあの男と藤田のおじさんに渡しているのも見て知っている。そしてお母さんはそのお金を男の息子、敏男の学費にも充てているみたいだ。

 駄菓子屋のお駄賃もきっとあの男に渡ってしまっているのだろう。

 そのことを私のお父さんはおそらく知らないだろう。

 でもお父さんには知って欲しくない。お父さんに知られたら私が汚れているのも知られてしまう気がする。

 お父さんのような立派な人から見れば、私はお風呂にもほとんど入っていない髪もばさばさで垢だらけの本当にみっともない女の子だ。こんな姿は絶対見られたくない。

 この先もずっと、私はお父さんに会わなくていい。

 でも、もし私が将来、綺麗になったりしたら・・

 そんなことはない、と思っていても想像したりする。そしたら、そうなった時には、お父さんに会いたい。

 そして、「お父さん」と呼んでみたい。

 私は幼かった頃・・お母さんと二人きりでここに住んでいた頃、お父さんがいつか迎えにくれるものと信じていた。

 だから私はお父さんのいる高台の家をいつも見上げていた。

 そんな私を見つけてはお母さんがいつも叱りつけた。小さい頃はお母さんはよく言った「あの高台は特別の国なの」と・・

「お父さんはあそこにいるけど、私たちには手が届かない世界なの」とか「行けば、みじめになるだけ」とも言った。「悠子の家族はこの世界でお母さんだけよ」と。

 でもそれが嘘だとわかる時がきた。

 仁美ちゃんが私の前に現れたのだった。

 おばあちゃんが会わせてくれた。

「お姉ちゃん」というのが正しい言い方だけど、今はそう言ってはいけないと仁美ちゃんに何度も念を押されている。

「絶対に本当のお姉ちゃんになって、必ず悠子を迎えに来るから」と仁美ちゃんは言ってくれた。

 まるでおとぎ話の白馬に乗った王子様みたいに会うたびに何度も何度も繰り返し、その言葉を言った。

「その時が来たら私のことを『お姉ちゃん』と呼んで」と言いかけるといつも仁美ちゃんは泣き出してしまう。

 仁美ちゃんが泣くと、私も泣きたくなる。

 だけど、あれから状況はひどくなる一方だった。

 お母さんのお酒の飲む量が増え、あの男と敏男が住みつくようになりお母さんも向こうの肩を持つようになった。

 仁美ちゃんは「その日にあったこと全部話して」と言うけれど、あんまり心配もかけられない。

 どうして村上くんがあんなこと言い出したのかわからないけれど、村上くんが一生懸命なのがすごく伝わった。だから私も一生懸命になってみよう。

 明日、絶対に仁美ちゃんの家に行ってお祭りに誘おう。


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