第19話 叔母さんと二人の少女
◆
「ちょうどよかった。叔母さんを迎えに駅まで行ってきて」
僕が家に帰ると台所から母が顔を出した。
「叔母さん、大きなスイカ持ってきてるんやって。重たいやろから持つの手伝いに行ってきて」
僕はすぐに自転車で駅に向かった。
叔母さんが重そうに大きなスイカを持っている光景が浮かんだ。
自転車で駅に着くと人ごみの中、叔母さんをすぐに見つけることが出来た。
たくさんの人の中から叔母さんを探すゲームがあったとしたら僕は絶対一位をとるだろう。
「ねえちゃんに、迎えに来んでええって言うといたのに」
叔母さんは本当に重そうにスイカを手に提げていた。
「かまへん、自転車やし、荷台に積もう」
僕は自転車の後ろの荷台にスイカを落ちないようにくくりつけた。
「でもスイカを積んでたら、陽ちゃんに自転車の後ろに乗せてもらえへんね」
「叔母さん、スイカがなくても、それは絶対にまだ無理や」
ちょっと失礼なこと言ったかな?
「冗談よ」
叔母さんの笑う顔は叔母さんの家で会った時より陽に焼けていた。
僕は自転車を押し、叔母さんはその横を歩きながら家に向かった。
「でも陽ちゃん、ちょっとたくましくなったように見えるよ」
陽が傾きかけた西日を眩しそうにしたあと叔母さんは僕の方を見ながら言った。
「そんなことないよ」
荷台にスイカを積んでいるのでバランスがとりにくくハンドルがぐらつく。
「その腕やったら、じゅうぶん叔母さんを持ち上げられそうよ」
天井川まで来て橋を渡り始めると南の方からの風が心地よかった。
「風が気持ちいい」
叔母さんは髪を風になびかせながら言った。
「水の匂い、する?」
僕は以前に叔母さんが言っていた言葉を思い出して訊ねてみた。
「風の匂いやわ」
「風に匂いなんてあるん?」
全く叔母さんはわからない人だ。
商店街に近づくと叔母さんが「ほら、あの子」と指差した。
小川さんと香山さんがそろって歩いていた。
「駄菓子屋の女の子やわ」
「あれ、同級生の子や」
「なんや知ってる子やったん。もう一人の子もそう?」
僕は頷いた。
「仲良くなれるといいわね」
叔母さんはからかうように言ったあと「ほら、自転車に乗って」と言って僕を無理やり自転車に跨らせた。
「それっ」
自転車に跨った僕を叔母さんは後ろから押しだした。
「うわっ、あかん、お姉ちゃん、スイカが落ちてしまうっ!」
僕はひどく慌てながらも自転車に跨ったままペダルを踏まずに身をまかせていた。
「大丈夫、お姉ちゃんがちゃんとスイカも自転車も持ってるから」
自転車は勢いよく進みだす。夏のムッとするような空気を切り分けて進みだす。
僕の前には沈みゆく太陽が見えていた。
小川さんと香山さんが振り返った。僕たちに気がついたようだった。
そっか、今日、あの二人はお風呂に行ってきたんだ。
石鹸の匂いが二人の方から流れてきた気がした。
僕の後ろを叔母さんが自転車を押しながら走っている。振り返って見なくても叔母さんが笑っているのがわかった。
「仁美ちゃん、あの人、村上くんのお姉ちゃん・・そうじゃない・・叔母さんや!」
小川さんの声が聞こえた。
香山さんが小川さんの「お姉ちゃん」という言葉にすごく反応したのがわかった。
二人の横をすり抜けると家の方に曲がらなければならない十字路に出た。
「このままずっと向こうまで行ってみよか」と言う叔母さんに「お母さんが家で待ってる」と返事すると「残念やなあ」と叔母さんはがっかりしたように走る速度を落とした。
陽が暮れだすと人も暮れだすのだろうか。それから家までは叔母さんはしゃべらなかった。
ずっと向こうには天井川とは異なるもっと大きな川、「吉水川」がある。叔母さんは行ったことがないはずだけど、その川まで行きたかったのだろうか?
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