第18話 真実が知りたくて
◆
「小川さん、今からお風呂いくんか?」
登校日の帰りに文房具屋に行くと、この昼間の暑い中、銭湯の入り口に小川さんが立っていた。
「うん、仁美ちゃんを待ってるねん」
小川さんは少し恥ずかしそうに言った。
「タライやタオル、持ってへんみたいやけど、どうするん? 銭湯で借りるんか?」
何も待たないで銭湯の入り口に立っている小川さんが気になって声をかけた。以前の僕ならそんなことは訊かなかったし、小川さんに声すらかけなかった。
「仁美ちゃんが家から私の分も持ってくるから、私、手ぶらやねん」
小川さんは手ぶらであることも恥ずかしいようだ。
「悠子、ごめん、ごめん。家を出る時、お母さんにつかまってしもうて」
タライを持った香山さんが文房具屋の方から走りながらやって来た。
「村上くんもお風呂?」香山さんが僕の方を見て訊ねた。
香山さん、顔が汗でびしょ濡れだ。
「ちがうちがう、僕、こんな時間に入らへん」
そう僕は言ったあと「しまった」と思った。たぶんこの二人にはこんな時間でないとお風呂に来られない何らかの事情があるのだろうから。
「仁美ちゃん、お母さんにつかまったって、何か言われたんとちがうん?」
小川さんが不安そうに訊いた。
「何も言われてへん。学校のことや。悠子は気にせんでええって」
まるで香山さんは小川さんの保護者であるかのように見える。
小川さんに絶対的な安心を与え続ける親のように。
「じゃ、僕、用事があるから」と二人に言って銭湯の向かいにある文房具屋に向った。 香山さんと小川さんは仲良くお風呂屋さんの中に入っていった。
文房具屋の脇の道を奥に進むとあのアパートから見える高台に上がる階段がある。
僕は文房具屋で便箋と封筒を買った後、その階段を昇って高台にでた。
僕にとっては大きな冒険だ。高台には想像していた通り大きく綺麗な家がたくさん建っていた。
立ち並ぶ家々の西側のアパート寄り・・あのコンクリートの崖の近くにある一軒の家を確認した。
「香山」と書かれた立派な表札が掛けられている。香山さんの家だ。
この家の西の窓からだとあのアパートを見下ろすことができるだろう。
ただ南側にはもっと大きな家が建つみたいで南側の視界は悪くなっているようだ。
僕は高台のずっと南側にまで行くことにした。そこからだと僕の家も見えるのだろうか? 南側には小さな品のよい公園があった。
公園の芝生は丁寧に手入れされているのが一目見てわかる。ベンチも二つ置かれている。
端の柵がある所まで行って南側を見ると僕の家の屋根が見えた。それどころか、学校も見え、お祭りが催される神社や公園の方まで見渡せた。
夏の午後の日差しが照りつけている。
僕は再び香山さんの家の方まで行くとコンクリートの崖に取り付けられた錆付いた非常階段を使って下に降りた。幼い子供が下から不思議そうに見ている。
アパートの敷地に降り立つと広場を抜け、南側のアパートの表札を一軒一軒確認した。
最後のドアに「小川」とマジックで書かれた小さな紙がガムテープで止められてあった。
全て同級生名簿で予め確認していた。僕が想像していた通りの場所だった。
表札を見ながら、僕は小川さんが時々顔を腫らして学校に来ていたことを思い出した。
ドアはあちこちが傷んでいて、まるでその傷の一つ一つが小川さんの悲しみのように見えた。
だから、どうする? これからどうする? 僕はまだ小学五年生のただの子供だ。
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