大好きで、大嫌い
依澄礼
第1話
馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ここまで馬鹿だとは正直思っていなかった。
「で? なんでこんなところにいるの?」
「なんでだろ? よくわかんないや」
この大馬鹿者は今は病院のベッドの上のはず。
このお人好しの幼馴染の友人は、どこの誰かもわからない人たちの喧嘩を仲裁していて駅の階段から落ちた。
見知らぬ他人の喧嘩を仲裁するのもどうかしているが、そのとばっちりで綺麗な階段落ちを披露し、頭を強打して病院で意識不明の真っ最中だ。集中治療室から出てからも打ち所が悪かったのか、もう二週間もずっと眠ったままだった。
それなのにこんなところで、のほほんと私と会話しているのがそもそもどうかしている。
「死んだの?」
「わかんない」
ぱっと見、何の変哲も無い普通の人間に見えるが、よく見ると足元が数センチ浮いている。
頰を抓ってみる。コイツの。
でもやっぱりというか私の手はすり抜けてしまい触れない。
病院のおばさんからはまだ何の連絡もないから、コイツはまだ生きているとは思う。
だったらこんなところでフラフラしてないで、さっさと自分の体に戻って起きればいいいのに。
中身だけここにいたら、本体が危ないんじゃなかろうか。
「なんかね、これが最後のチャンスだと思ってたらカナエちゃんのところに来ちゃったんだ」
「チャンスって、積年の怨みを晴らすとかそういう類の?」
このお人好しの馴染の友人は優しくて人当たりも良く、他人に都合よく利用されることが常で、それでもニコニコしていて私はそれが腹立たしく我慢ができなかった。
幼い頃からずっと、彼の一挙手一投足を管理するようにいつも上から目線で、まるで弟にでもものを言うように様々なことに口を出し接してきた。
下僕のように色々なところに付き合わせたりもしたし、そのことに表立って文句を言われたことはなかったが、もしかしたらこうやって化けて出るほど怨みを買っていたのかもしれない。
事実、階段落ち事件の少し前には私の干渉も極まって、しまいには彼の友人関係にまで口を出し、その友人を貶めたことで珍しく、というか初めて彼と大喧嘩になってしまったのだ。
「
その言葉にどきりとする。
「こんな風にはカナエともう話せないんじゃないかと思って」
そう言って悲しそうに笑う。
ずっと一緒だったのに。
喧嘩しても優しい彼は許してくれて、どうせすぐに元通りになるとタカをくくっていた。
最後が喧嘩別れなんて最悪すぎる。
このままじゃ嫌だ。
「大嫌いなんて言ってごめん」
「うん」
「ショータのこと嫌いじゃないよ」
「うん」
「だからいかないでよ」
「うん。でもあっち側で呼んでるんだ」
「ショーちゃんいっちゃやだ。ほんとは、大好きなの」
「知ってるよ」
そういって大好きな大馬鹿者は綺麗な笑顔を見せたあとふうわり消えてしまった。
しぃんと音のしなくなった部屋で一人、泣いて泣いて、人間は涙で溺れることがあるんだと痺れた頭で考えていると、携帯が鳴った。
おばさん、ショータの母親からだった。
震える手で、でももう答えを『知っている』私は凪いだ心で携帯を取った。
「カナエちゃん? カナエちゃん、よく聞いてね。今ショウタが」
電話口のおばさんが涙声で私の名を呼んだ。
「目を覚ましたのよ!」
私は携帯を持ったまま固まった。
おばさんの喜びの報告を聞きながら、涙の跡も生々しいまま私の顔は青から赤に変わり、最終的に火を吹いた。
おばさんは喜びで興奮してまだ何か話してたが、私の耳にはもう何も入ってこなかった。
『あっち側』というのを私が単に勘違いしただけでショータに罪はない。そう思いたい。
でも。
幼馴染のショータはお人好しで優しくて、でも意外と冷静なところのある策士だったと思い出した。
やられた。
しっかりと本人に言質を取られてしまった。
私は恥ずかしさのあまり悶え苦しんだ。どの面さげて会いに行けばいいのか。
病院のベッドの上で柔らかく、でもゲームに勝った時のような笑顔を浮かべている大好きな幼馴染の顔が浮かんだ。
「ショータなんか大嫌いだ」
本心とは裏腹なことを呟きながら、私も笑った。
大好きで、大嫌い 依澄礼 @hokuto1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます