輪廻の輪
依澄礼
第1話
ぐるぐる廻る目が回る。さて、終点はどこだろう。
「君、そんなこともできないの?」
目の前の先輩に蔑んだ目で注意を受ける俺。
そんなこと言われても、俺はまだ百回目が終わったばかりの新米だ。
「君が
それはすんません。
でもその分優遇されてるでしょ? 色々と。
俺は先輩を見下ろして溜め息をつきそうになるのを我慢する。
なにせこのパイセンは丁度五百回目が済んだ凄い人なのだ。
この世界では人生は一度きりじゃない、ぐるぐる輪廻を繰り返してる。
今いるここは魂の修行の場で待合室なのだ。
といってもちゃんと肉体もあるので、この場所の外では俺は普通のサラリーマンをしてる。
輪廻の周期は基本は百年に一度だけど、百年間何もなくて老衰死するものなんて殆どいない。老衰以外の死因てのはまあ、病気が大半であとは事故かな?
そういうわけで、大抵は途中で死んで次の輪廻の輪に入ってしまうんだ。
そこで百年に足りない時間を、輪の中でぐるぐる廻って過ごして、百年経ったらまた現世へ、チーンと生まれ変わってくる。
最近はいろんな情勢の変化もあって、百年未満で輪廻の輪に戻ってきちゃう奴が多くて、文字通り芋の子を洗うような大混雑なんだと。
それもあって、子供のうちに死んじゃった奴は、早めに輪廻の輪から出してもらって、またこっちに転生してくるみたいだ。
そんで罪を犯したり、自殺をしたりする奴は、魂の世界ではその罪を次の転生で償うことになるんだけども、そういう魂を持つ奴が同じ失敗をしないように、眠ってる時にこの
俺だ。
俺の前の奴は盗んだバイクで走り出し、見つかって電柱と熱い抱擁を交わして輪廻の輪に戻ってきたらしい。
らしい、というのは生まれ変わる前のことなんか、ちっとも覚えてないからだ。輪廻転生するってことは『常識』なのでみんな知ってるけど、前の奴がやったことなんて知らないよ。
そんでそんな前世を持ってる俺だけど、前世の汚名を
あんまり元気に仕事を頑張りすぎて、今病院。死にそう。
そんで話は戻って、俺は今そのセミナーで、最後の転生が終わって、次のステージに上がる準備中の、目の前のパイセンに説教を喰らっているのだった。
「前回の罪を償うために善行を積むだけなのに、なんでそんな簡単なこともできないの? 君」
そんな虫を見るような目で見なくたっていいじゃないか。一寸の虫にも五分の魂だよ?
一寸てどれくらいか知らないけど。
「ぶっちゃけそんな時間はないっす。会社と家との往復がいっぱいいっぱいで」
「僕は次からここの輪の管理者になることになってるんだよ。君みたいに頻繁に、天寿を全うする前に輪の中に戻って来られると困るんだよ」
パイセンは五百回の輪廻を無事に完走して、どうやら神さまにおなりあそばされるようだ。おめでとうございます。
「頻繁にといわれましても」
パイセン曰く、俺の魂は粗忽者というか阿呆というか、今までの百回の転生のうちの殆どを、自損事故に近い死に方ばかりをしているらしい。自殺はないらしいから決して死にたがりというわけじゃなく、ただ単にネジが飛んでるんだという。
「それで今回は過労死しそうとか、馬鹿なの?」
俺はちょっとムカついた。
そりゃあ側から見たらそうだろうけど、俺は仕事が大好きで大好きで女の子も好きだけど、それで命が尽きるなら『我が生涯に一片の悔いなし』だ。カッケェ俺。
「いやまあそうかもしんないですけど、今の俺の人生を俺が好きにして何かいけないんですか」
「カルマを残したままじゃ次のものが困るだろう!」
一人はみんなのために、とかいうアレですか? みんなも何も全部俺なんですけどね。
「もう面倒くさいんで、輪廻の輪に入れなくてもいいっす」
「え?」
「毎回毎回カルマを雪ぐだけの人生なんて何が面白いんですか。そんなのあと四百回もやらなきゃいけない位なら、もう転生とかいいっす。そんで完走しても輪廻の輪の管理なんて『中間管理職』なんでしょ? 割りに合いませんて」
「ええっ?」
「パイセンは子供の時に輪廻の輪に戻ることが多かったから、ノルマの五百回も早く終わったかもしれないですけど、単純に五百年ですよ? そんなに長く続けられません」
俺は小学生くらいの
少し離れたところで、ぐるぐるぐるぐる輪廻の輪が廻ってる。
まるで魂の洗濯機みたいだよな。あんなにぐるぐる回されてそれでも罪が濯げないなら、あの洗濯機は性能が悪い欠陥品だ。
それとも俺たちの魂が欠陥品なのかな。
「んじゃパイセン、そういうことで」
ぽかんとしたままの『魂の先輩』をその場に残して、俺はふいとどこかへ消えた。
輪廻の輪 依澄礼 @hokuto1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます