血マミレで死ね!そして蘇れ!
しゃけ
第1話 プロローグ
プロローグ
洋の東西を問わず悪党というのは酒盛りが好きである。
「そんでよ! その女のアソコの締まりがすごくてよ!」
「ウソくせー。あんたモテねえじゃん」
「ガハハハハハ! その通り! ウソだ!」
外は大雨。ならずものどもはダラッツというスラム街のはずれの山小屋で仲良く酒卓を囲っていた。
頭巾を被ったチビ男 ピーター・ユジーロ 賞金額:五万デビアス
やせ型の上半身裸男 ボレーン・リボーン 賞金額:八万デビアス
禿頭の筋肉達磨 オエンズ・パケージ 賞金額:二十万デビアス
賞金額が多ければ多い程悪い、そして強いと思って間違いない。
――そこへ。
「ん? なんだてめえは」
(おっ! キタ! あの人だよね!)
真っ赤な燕尾服に黒いマント、というイタイ貴族のような格好をした男。赤茶けた髪の毛をびしょ濡れにして立っていた。
「うわ! なんだこいつ!」
「怖っ!」
(ヤダ! かっこいいじゃない! ガイコツみたいにガリガリで――)
「いっしゅんオバケかと思ったじゃねえか!」
「可哀想なくらい痩せやがって! お腹すいてんのかコラァ!」
(顔色も青ざめてるってのを通り越して真っ白! ケーキみたいで美味しそう!)
男は無言で三人に向かって一歩踏み出した。
(目つきも毒蛇みたいにイカれてて、とってもステキ!)
「な、なんだァ! 近寄るんじゃねえよ!」
「なにしに来やがった貴様!」
「お腹すいてごはん食べにきたのかコラァ!」
オエンズたちの質問に、男はほんのわずかに口を動かして答えた。
「おまえたちを殺しに来た。目的は――金だ」
(やだぁ。この地獄から響いてくるようなガラガラの声! 耳が妊娠しちゃいそう!)
ならずものたちは声をピッタリ合わせてガハハハ! と笑った。
「俺たちを殺す!? おまえが!?」
「よわそー!」
「お腹空いてるヤツにはムリムリ!」
男は微塵も表情を変えぬまま、
「見かけで油断するのは感心せんな」
懐からナイフのようなものを取りだす。
「――げっ!」
すると。ならずものどもは驚愕を顔面に浮かべた。男が取り出したナイフの刃が濃い赤色に濡れてギラギラと光っていたからだ。
「血が染み込みきってやがる……!」
「貴様……! そのナイフで何人殺りやがった!」
「誰も殺しちゃいないさ」
男は初めてその表情をわずかに変化させた。
(ず、ずっきゅーん! なんて邪悪で厭らしくて卑屈な最低の笑顔! かわいいいい!)
「なんだと……? じゃ、じゃあその血は一体誰の血だってんだよ!」
「俺のさ」
「――――!?」
(おっ! 出るかな!?)
男は握っていたナイフを――
「――!? ひいいいいい!」
「てめえ! なにやってやがる!」
自分の二の腕に深々と突き刺した。
「頭イカれてんな! あとお腹も空いてる!」
「まあそういうなよ。こうやって血を流すのって気持ちよくもあるんだ――ぜ!」
突き刺さったナイフを下方向へ滑らせ、手の甲まで一気に持っていく。結果。男の腕にはまっすぐな裂け目が入る。ほんの一瞬の間を置いてその裂け目から血が噴きだした。
(す、すごい――!)
今度はならずものたちは声も出ない。
際限なく溢れた血は右腕全体を真っ赤に濡らし、やがて五指を通じて木製の床にポタポタと滴り落ちた。
男は笑っている。
「こ、この――」ピーターが叫んだ。「〇〇〇〇野郎! 自分で自分を殺してどうしようってんだ!」
「別になにも違っちゃいないさ」
ニヤり。と一般的な感覚でいえばおぞましい笑顔を浮かべた。
「これは『己血術』。れっきとした違法魔術だぜ」
右手から滝のように垂れ落ちる血がなにか光沢のようなものを帯びていく。
やがてその滴りはピタりと止まった。そして。
「己血術・基本技法の一つ<<凍血剣>>。なかなか見事なもんだろう」
男の右手にはキラキラと赤紫色の輝きを放った血液が、まるで先の尖ったつららが張るように――或いは手から赤い氷の剣が生えたように――まとわりついた。
(キレイな色……。今ちょうど『中間』って感じかな?)
ポカンと大口を開けるならずものたち。
男は静かな、しかしとてつもなく素早い踏み込みで彼らに迫る。
「あっ」
「しまっ――!」
――気づいたときには二つの首が飛んでいた。
ピーターとボレーンの首だ。残る首はひとつ。
「――貴様ァ! よくも二人を!」
オエンズは机に置かれている盾を構えた。
男は床にツバを吐き捨てると彼に迫る。
「おっと――!」
が。パリングと言われる技術で赤い氷の剣の攻撃は受け流された。
元騎士である父譲りの見事な盾術である。
「へへ……ちと驚いたが。そんなもん、ただの無駄に派手な剣じゃねえか」
(そうねー。アレもかっこいいけど。彼ならもっとすごい技が使えると思うなー)
オエンズの挑発に男は薄ら笑いを浮かべながらこのよう答えた。
「そうだな。じゃあおまえにやるよ」
「はあ?」
腕に付着していた赤い剣は一瞬、眩い光を放ったのち、元の血液に戻り勢いよく噴射。オエンズの顔にぶっかかる。
「グアッ! 鉄臭せええええ!」
「それが最後の言葉でいいか?」
「あ?」
「己血術・<<血炎>>」
男が指をパチンと弾くと、オエンズの顔を染めた血液は全く同じ色の炎へと変化した。
(わーお! かっこいいいいいい! あの厭らしい腐ったゾンビみたいな笑顔も素敵!)
狂気的なまでに赤い炎がオエンズを包みこむ。
彼は憐れみを誘う弱々しい呻き声とともに倒れ伏した。
「……ふぅ」
男はほんの少し表情を緩ませると、燕尾服の胸ポケットからガラスの小瓶を取りだした。
(あれは。治癒の聖水? なるほどあんな回復手段しかないから――ん?)
血まみれの腕に聖水をふりかけようとした瞬間。
「お………………?」
体中まっ黒に焼き爛れたオエンズは最期の力をふりしぼって背後から男に迫ると、机の下に隠し持っていた大剣を腹に突き刺した。聖水の小瓶が床に落ちパリンと音を立てる。
「かたきは……討ったぜ……」
オエンズは少しばかり満足そうな表情を浮かべるとそのまま床につっぷして息絶えた。
――男は。
「ざまあ……ねえな……」
腹から生えた大剣を引っこ抜くと、くるっと一回転して仰向けに倒れた。
腕と腹部からどくどくと血が溢れる。小屋が赤い炎につつまれてゆく。だが。指先ひとつ動かすことができない。
(さて。ここは私の出番かな! とうっ!)
うすぼんやりとする意識の中――
「ん……?」
男は一人の少女の姿を見た。
「こんばんは!」
彼女はちんちくりんな体を丸めるようにしてしゃがみ込み、頬杖をついて彼をじっと見つめていた。見つめる相手の状況には全くそぐわない、無邪気な子供のような笑顔である。
「ねえ。死にそうだね。臓物が出ちゃってるよ」
「お前は……」
外にピョンと跳ねた紫色の短い髪の毛にはところどころ銀色の髪束が混じっている。肌の色は当時としては大変珍しい褐色。着ているのは丈が短く肩が露わになった黒のワンピース。首や腕にはジャラジャラと派手なアクセサリーをつけ、爪を髪の毛とお揃いの色に染めていた。
「死神か……? 俺を殺しに来たのか……?」
男はその浮世離れした姿を死に際に見る幻であると解釈したらしい。
少女はケラケラと可愛らしい声で笑った。
「ちがうよー! ぜんぜんちがう」
「……そうか。まあ死神にしては可愛すぎるな」
「えっ!」少女は立ちあがった。「か、かわいい!? ウソでしょ! 言われたことないよ! でもそっか! よく考えたらそういうこともありうるのか! キャーッ!」
少女はピョンピョンと男の周りを跳ねまわる。
「なんだこいつ……」
男の意識はさらに遠くなっていく。
「おっと!」少女はピタっと動きを止めた。「喜んでる場合じゃなかった! 治してあげないと!」
「治す……?」
少女は幼いカラダや顔立ちに似合わない妖艶な笑みを浮かべると、跨るようにして男の下腹部あたりに腰をおろした。
――そして。
「<<死に至る治癒>>」
かざした左手がまがまがしい紫色に光る。
「――!? がああああああああああ!」
男は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
右腕と背中にこれまで味わったこともない激痛が駆けめぐったからだ。
「キャハハハハハハハハハハ! どう!? キモチいい!?」
血管の中を小さな栗の殻が駆けまわるような痛み。
或いは傷口で塩の結晶が爆発するような刺激。
強いていうならばそういった感覚だ。他のものに例えるのは難しい。
男が呻けば呻くほど、少女は身を仰け反らせながら顔全体を口にして笑った。
(やっぱり……死神じゃねえか……!)
男はそんな風に口の中でつぶやくと、ゆるやかに意識を失った。
「あれ? 寝ちゃった? 参ったな運ぶのかあ……うわ! 軽っ!」
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