アホウドリ・オスティナータ

「まずは、ですよ。あなた方が私につけた名前について、ひとつ文句を述べさせていただきたい」

「というと」

「アホウドリですよ。阿呆な鳥。ひどい名前じゃありませんか。とんでもない侮辱ですよ。名誉棄損もはなはだしい。我々が団結して裁判を起こしたとしたら、あなた方の敗訴は火を見るよりも明らかだ。

 そりゃたしかにね、あなた方のご先祖が木の棒を振り回しながら近づいてきたとき、我々は逃げなかったですよ。そしてぶたれて死んでいった。ずいぶんと頭の悪い鳥だと思われたでしょうね。

 ですがそれはひとえに、我々があなた方を恐れていなかったというだけなのです。我々は暴力を知らぬ温和な種族なのですよ。それにはるか昔は、沖の大夫たゆうという名で呼ばれていたこともあるのです。我々の海を舞う姿は、それは美しく、ともすれば画壇を沸かす恰好の題材になるに違いありません。

 まあそのところの事実を酌んで、我々の名を呼んでいただきたいわけなのです」

「だけど何十年も経った今だって、あなたたちは僕らが木の棒を振り回して近づいても、やっぱりじっとしているだけじゃないですか」

「それは当然です。我々は暴力を知らぬ温和な種族なのですから」

「なぜ、逃げる知恵を獲得されなかったのですか。逃げるということは立派な防衛ですよ」

「ああ、それはそうですね。どうしてでしょうか」

「それに、呼び名に関してはうちの国に限ったことじゃない。空から魚が降ると信じて待っていたとか言われていたのは、どこの国でしたか」

「さて、存じ上げませんが。まあそれはどうでもいいでしょう。枝葉末節にこだわっていては全体を見失いますよ。木を見て森を見ず、よくない傾向です。ところで、この店のパスタはおいしいですね」

「悪くないですね」

「悪くないなんてとんでもない。絶品ですよ。私が今までに食べた中でも、最高級の名を冠するにふさわしい」

「そんなにパスタがお好きなのですか」

「いえ、今日始めて食べました。ですから最高級なのです。暫定一位というやつですな。しかし、これほどまでの食品はよほどの珍味に出くわさない限り、そうそう位を譲ることはないでしょうね。十年も経てば、無事に殿堂入りといったところですか。

 まあそれはさておき、ここで私がパスタを好むということを聞いて、いったいどれだけの人が驚かないでいられるでしょうか。アホウドリのような愚かな鳥が、パスタという技巧的な食品を口にできるのだろうかと。しかし、それができるわけですなんですね。我々の行動指針にこれほどまでに適した食品は、パスタをおいて他にはないでしょう。我々はパスタのように物事を考えますし、パスタのように時をいこいます。そしてパスタのように女を抱くのです」

「意味が分かりません」

「意味はありません。そういうウィットです。キッチュと言ったほうがよろしいでしょうか。とにかくそういう類のものです。おもしろいでしょう。たった今思いついたのですよ。即興で考えたにしては、なかなかに洒落が効いていると自負しているのですが」

「あまり」

「おや、それは残念だ。まあ、あれですな、過ぎたる才は世の賛同を得られぬが常ということで」

「失礼、先ほどから嘴だけで召し上がっているようですが」

「おやおや、何をお訊ねになるかと思いきや。このような造形美に富んだ食べ物を粗雑にいただくわけにはまいりません。この一本一本を、それはそれは大切に、神の思し召しをたまわるように胃に送り込むわけなのです」

「フォークを使わないのですか」

「はて、フォークとは何ぞや。ああ、これのことですか。ふむ、ずいぶんと珍妙な形状ですな。いったいどのように使うのでしょうか」

「こうするんだよ」

 私は持っていたフォークを、阿呆な鳥の脳天に突き刺した。

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