バード・ケージ

ざき

ペンギン・ギャング

 九羽のペンギンが揃って銀行の自動ドアを潜ってきたとき、僕は何かのイベントが始まったのだと思った。銀行とペンギン。思案してみたが、うまい符合は見当たらない。それにこの銀行のマスコットはハムスターだったはずだ。他の客も同じことを考えたようで、疑問と好奇の入り混じった視線を彼らに注いだ。

 最も体躯の大きい一羽が行員に近づき、声をかけた。

「お嬢さん、我々は銀行強盗です。大変申し訳ないが、金庫に入っているものを全て、ここに出していただきたい」

 僕は思わず噴き出しそうになった。ペンギンの声は、SF映画に出てくる機械の殺し屋にそっくりだったのだ。

「あの……お客様、そのようなことをされると、当行としては、その、非常に困るのですが……」

 新人と見られる行員は何とも形容しがたい表情で答えた。そうなるのも無理はない。同じ立場なら僕だって同じ表情になる。

「そうですか。それでは仕方ありませんね」

 ペンギンは翼を持ち上げた。その先には拳銃が握られていた。ペンギンは行員に向けて引鉄を引いた。ぱんっ、という音が銀行内にこだまし、弾き出された薬莢やっきょうが床を転がった。行員は顔の半分を吹き飛ばされて床に倒れた。

「大人しくしなさい。動けば命の保障はありませんよ」

 凍り付いた行内にペンギンの声が響いた。全員が示し合わせたかのように諸手を挙げた。残る八羽のペンギンたちが、一人一人の手足をロープで器用に縛り上げていった。そして彼らは支店長と思しき男に拳銃を突きつけると、金庫を開けさせ、その中に消えた。しばらくすると、ぱんぱんに膨らんだ皮袋を担いで現れた。そしてそれをロビーの床にぶちまけると、見ているだけで腹が膨れそうな札束の山を手分けして数え始めた。

 大柄なペンギンはその様子をじっと眺めていた。その小振りな瞳には――鳥に人間のような感情があるのかは分からないが――哀愁とも思える色が見てとれた。何ゆえにそのような目をするのだろうか。僕はどうにも興味を抑えがたく、おずおずとペンギンに声をかけた。

「なぜ、こんなことをするんですか?」

 ペンギンは首だけで僕を振り向いた。

「私たちの計画に必要だからです。抵抗しないでくださいね。無用な人殺しは避けたいのです」

「……差し支えなければ、その計画とやらを教えてくれませんか?」

 素直に教えてくれるかは分からなかったが、僕は訊ねずにはいられなかった。ペンギンは値踏みするように僕を見つめていたが、やがて嘴を開いて話し始めた。

「いいでしょう。その前にまずは、面倒事に巻き込んでしまったことを謝らせてください。できれば、死人も出したくなかったのですが……。

 私たちは、今となっては過去形ですが、市内の動物園に勤務していた者です。普段は人間たちに向けて、心の安らぎを提供する仕事をしています。なに、そう骨の折れるようなことはしていません。ただ飾らずに生活をしていればいいのですから。三食が保障され、体調の管理にも世話係がまめに目を配ってくれるのですから、悪くない暮らしでした。

 そんなある日、我々を眺めていた人間が、こんなことを話しているのを耳にしたのです。ああ、我々の部屋の壁は防音なのですがね、少々読唇術の心得があるもので。まあ、どうでもいいことですな。その男はこう言いました。何度総理が代わっても、この国の政治はよくならないなと。

 私は若い頃、独学ながら政治学と行政学を嗜んでいまして。夜通しかけて、スペンサーやリンドブロムなどの著書を読み耽ったものです。その頃のこの国は、偉大なる政治家たちが素晴らしい舵取りをしておりました。景気も良く、順風満帆といったところでした。勤務を始めてからはその類の情報に触れる機会がなく、私はつい先日まで、そういった人たちが国を動かしているのだろうと思い込んでいました。しかしそう言えばここ最近、我々の元に来る人間たちは何処か陰のある表情をしています。子供は純粋に我々の姿を見て喜ぶのですが、大人はどうも、彼らとは違った癒しを求めているようにも思えます。

 私はこっそりと住まいを抜け出して、メディアから情報を得てきました。愕然としました。沈まぬ太陽と謳われた繁栄の日々は、一体何処へ行ってしまったのか。このままでは、列強居並ぶ世界で生き残ることはできないでしょう。どこかの属国になり、苦汁を舐めながら惨めに生きていくしか術は残されていません。私は激しく憤りました。そして、こんな狭い世界で、何も知らずにのうのうと暮らしてきた自分自身を恥ずかしく思いました。

 何か行動を起こさねば。そのためにはまず、動物園を出なければなりません。しかし我々も雇われた身ですから、正式な手続きは踏まねばなりません。私の思いに賛同してくれた八羽の同志と共に、園長のもとへ退職の意向を伝えに行きました。園長は驚いて理由を訊ねてきました。隠すような後ろめたさもなかったので、正直に自分たちの意を伝えました。話を聞いた園長は、『その志には感服するがね……』と言ったきり、口を閉ざしてしまいました。バカ正直に伝えた私が愚かだったのです。交渉の余地をなくした我々は、しぶしぶ退き下がりました。

 こういう人間の心は金で動きやすいということは知っていました。ですが我々は直に金を稼ぐ術を持たない。入園料は全て園長の懐に入ってしまいますからね。悩んだ末、我々は園を非合法的に抜け出すことにしました。同僚たちも力を借してくれました。園長には本当に迷惑をかけたと思っています。恩を仇で返すような真似をしてしまい、心が痛みます。

 しかし、次の問題が待ち受けています。我々はこれから全国を回り、国の代表に相応しい人間を捜すつもりです。しかしそのための資金がありません。ちまちま路銀を稼ぐようなやり方では、いつまでかかるか分かりません。そのため止むを得ませんが、このような暴力的手段に訴えることしたのです。ここまで来たら、なりふり構ってはいられません。この国の行く末を任せられる聡明な代表者を見つけ出す。この国が、本当に駄目になってしまう前に」

 ペンギンはぶるりと首を振って、話を終えた。僕は彼に畏敬の念を覚えると共に、異種族に行く末を憂慮されるほど落ちぶれた国の民であることを酷く恥じた。我々は何をのんびりと暮らしているのだろうか。綻びだらけの泥舟は、いつ壊れてもおかしくないと言うのに。

「我々の行動は、れっきとした犯罪です。この先の道程も、決して平坦なものではないでしょう。志半ばで果てる結果になるかも知れません。しかし私は、この命の燃える限り動き続けるつもりです。そしていつの日か、我々の行動が民に理解される日が来るでしょう――」

 そこでがしゃんという音が響き渡り、ペンギンの話は中断された。床にガラス片が散らばっている。誰かが外から物を投げつけ、正面の自動ドアを破ったようだ。ペンギンたちは一斉に拳銃を構えた。

 すると割られたガラスの向こうから、イワシが一尾飛び込んできた。

 ついで堰を切ったように、アジ、サバ、サンマ、ブリ、マグロまで、多種多様な魚が銀行内に投げ込まれた。

 ペンギンたちは甲高い叫び声を上げると、拳銃を放り出し、涎を垂らしながら魚の山に飛びついた。欲に呑まれた九羽の鳥は、機動隊が突入しても脇目も振らず餌を飲み込み続け、あっけなく包囲された。もっとも彼らは、包囲されたこと自体に気づいていなかったようだが。人質は速やかに解放された。ロープを解かれた僕は床に転がった拳銃を取り上げると、ペンギンたちを一羽残らず撃ち殺した。

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