味噌汁は温いうちに

紺藤 香純

第1話

 朝食はいつも、炊きたてのご飯と、インスタント味噌汁。

 夫は、ご飯に生卵をかけて食べる。

 美智留みちるは、ふりかけご飯。

 結婚して1年になるが、美智留は未だに凝った料理がつくれない。

「あのね」

 完食しそうな夫に、美智留は話しかける。

「資格、とりたいの」

 夫は箸を置いた。

「資格?」

 美智留よりひとつ年上の夫は、成人して何年か経つのに幼さの残る顔を、ゆがめて腕を組む。怒っているのか、ただ疑問に思っているのか、美智留には読めない。

 でも、話し始めたからには、途中で止めるわけにはいかない。

「うん。介護の資格」

 美智留は、デイサービスの介護職員だ。無資格で働かせてもらっている。

「学校に通いながら、働けるんだって。資格があればお給料も上がるし」

 詳しく話そうと思ったけれど、介護の学校のパンフレットが手元にない。職場のロッカーに置いてきてしまった。

 夫は腕を組んだまま、口を開いた。

「その話、上司は知ってるのか?」

「うん……上司から持ちかけられたから」

「俺は反対だからな。第一、学校に行かれたら、収入がなくなるだろ。ただでさえうちは貧乏なんだ」

 確かに夫の給料も良いとは言えない。高卒で町工場に就職した夫は、勤続4年でようやく今の額をもらえるようになったのだ。

「だいたい、介護なんかで飯が食えるかよ」

 介護なんか。そのフレーズは、美智留の思考回路が沸騰するのに充分だった。

「介護なんか、って何!」

「言葉のまんまだよ!」

 夫も負けじと声を張る。

 しばらく口論した後、夫は職場に向かった。

 静かになった食卓で、美智留は夫の食器を下げる。

 お椀には、溶け残りの味噌が乾きかけてこびりついていた。お湯がぬるくて溶け残ってしまったのかな。

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