第197話

 今日はGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズに向けて、唐橋厩舎の二騎が最終追い切りを行う。最初にシヴァンシカ・セスがトルバドールで5歳3勝クラス馬の胸を借りる。

『2馬身追いかける・・・?』

 こういう場合、胸を借りる2歳馬が先に行くが、唐橋師は敢えて追いかけさせる強度の高い調教を課した。せっかく備え付けの栗東の長い坂路を使わないのにも、意図はあった。

「実戦形式を徹底したい」

 そう言われた馬主であり、彼の弟子に当たる御蔵まきなは特に口を出さなかった。調教における勘の冴えを信頼している娘の調教助手、弥刀とも相談したのだろうから、口を挟む必要を見い出せなかった。

『トルバ、後1馬身だよ!』

 シヴァンシカはこの10日以上で昼夜問わずトルバドールの世話をしていた。その動向をかなり手の内に入れている。勝負根性に優れて操作性の高い牝馬は、逃げでも差しでもどんな戦法にも適応できる。レースの流れを大事にしている主戦のまきなに合った馬だったが、シヴァンシカにはどうだろうか?

「抜くな」

「行っちゃえシカー!」

 馬のやる気を突っついて力を引き出すタイプのシヴァンシカとも合うらしい。1000mのゴールポスト付近で捉えきり、クビ差を付けた。

「タイヘンダッタヨ」

「すごく良かったよ?これは本番が楽しみだよね!」

 タイムも2歳馬のウッドチップコースの区分では今週2位に入るタイムだったらしい。期待できる。ちなみに、1位の馬は既に昨日、追い切りを済ませた2歳牡馬らしい。


「よし、霧生さん。無理はしないでくれよ?まともにやればGⅠでも着には入る馬や」

無理しないですよ」

 GⅠは極限の仕上げをして勝負に臨む。それが済むまで、無事にゲートを出るまで、無理をする必要はない。それに、無理をせずとも。

「(アンタは2勝馬くらい、楽勝なのよ!)」

 クラハドールは苦境にあった自分を救い出し、弱さゆえ関係を断った友人と再び結び付けてくれた。そして今、共に強敵に挑む自分の相棒を、霧生かなめは信じていた。

「Oh!」

「すごいね」

 実戦形式を重視して相手の1馬身手前からスタートすると、3歳秋で2勝クラスまで行けた牝馬を相手にグイグイと引っ張っていく。ゴール板を過ぎるころには6馬身差を付けて千切っていた。

「いや、ススキノは素質は劣るけど2勝クラス。それを相手にせんか」

「かなめが地方で逃げを勉強してきたからや。強なったよ。これならユングフラウも苦戦するで」

 相手はドイツの至宝に関東の重賞馬。しかし、かなめやシヴァンシカがそこに届かない確証は無い。期待を持って、週末を迎えた。

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