第186話

『ワッハッハッハ!負けか!久しぶりだな!ええ!?』

 アスタロトのオーナーはダン・フィッシャー大佐。米ブリーダーズカップの栄光を見送ってまで極東遠征に懸けた。まさかの敗戦にショックはある。

『ジャンヌ。どうだ、アスタロトは?来年はドバイを考えている』

 管理調教師のキング師は来年に向けて算段を始めている。来年は7歳。一流馬としては老境になる。

『今回のことは、私が勝負を焦ったからです。覚悟はしています』

 ジャンヌ・ルシェリットは毅然と言った。調教もレースも、彼女の裁量でやったことだ。アスタロトの敗戦は全て自身の責任だと。

『思い上がるな、フランスの小娘』

 だが、フィッシャー大佐はそんな思いなどは知らないと一蹴。

『責任だと?そんなもの、一体、どこの誰が取れるんだ?キング先生か?お前にやれと言ったんだから』

『ち、違っ』

『違わないね。ああ、中団待機は作戦とは違うが、トラブルと展開からそれどころじゃなかった。係の怠慢、他の騎手どもの怠慢だな』

 大佐はジャンヌに手を差し出した。

『ドバイだ。ドバイワールドカップに行くぞ。ジャミトンのような偉大な馬にしたい。協力してくれるな?』

『・・・はいっ!』

 ジャンヌは手を取り返した。未来を掴むために。


『負けたあ!後200mだったのに!』

『良い逃げだったのになあ!チクショオ!』

 インドの陣営。シヴァンシカ・セスはインド馬初の国際GⅠ取りを逃した事実を今になって痛感している。

『トミー!慰めてえ!』

『マハトマも負けてるだろうがよ』

 ビスワス師は呆れ顔だ。シヴァンシカは毎回、勝った負けたで大騒ぎする。それだけ、気持ちを入れて乗っている証左だが。

『ししょー!悔しいよお!』

『なら、もう何戦か日本で乗りませんこと?』

『へあっ!?』

 不思議な訛りのある英語に引っ掛かり、振り返ったシヴァンシカ。ビスワス師はその人物をドバイで見知っていた。

『シカ!頭を下げろ!このご婦人はな、リキュールの生産者、シャーピングの馬主さんだ!』

『ええぇ!』

 師に頭を押さえられ、無理やり頭を下げたシヴァンシカ。頭を上げてようやく、その人の姿を目に入れる。

『・・・きれいなおばあちゃん』

『そうじゃないだろ!あの、日本の方。乗るとは何に?』

『2歳牝馬なのですが、最近、主戦が落馬負傷しましたの』

『はあ、それは災難でしたな』

『開催日1日だけの契約ですが、いかがでしょうか?GⅠですので、金額は嵩ましします』

『GⅠ!!』

 シヴァンシカの目が輝いている。ビスワス師も、目を見開いてシヴァンシカと件の老婦人を交互に見る。

 老婦人は御蔵勝子。シャーピングのオーナー代理だと名乗った。

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