第177話
カナダのサターンズベスト。3歳で挑んだ去年は逃げて8着。カナダで重賞を勝って得る額以上の賞金を持ち帰った。国際招待競走のジャパンカップは外国馬にとって輸送費滞在費の全てがJRA持ちになるので、丸々稼ぎになる。
『サラ、今回もきっちり頼むぞ?』
『ええ、掲示板以上を目指すわ!』
サラ・ヘンダーソン。アメリカのジョッキークラブの所属騎手ながら、カナダでクラシックやGⅠウッドバインマイルを勝っている。マイルでなら芝ダート問わず強いと評判だ。
『サターンも、今が絶好調。今度こそ、逃げ切ってやるわ!』
サターンズベストは今年、カナダのGⅠを2勝、アメリカの芝GⅠも勝っている。勢い良くジャパンカップに乗り込み、競馬誌も≪今年のジャパンカップ、逃げ一番手はこの馬!≫と持ち上げている。
『ジャンヌだのユングフラウだのリリコさんも!負けられないのよ!』
今年のジャパンカップは女性騎手決戦と名高い。GⅠ勝利経験のある女性騎手が4人も揃う、ましてGⅠレースなどこれまでに例が無く、各自で意識しまくりだ。まして、サラは負けん気が強い。
そして、もう1人、サラに認知されていない女性騎手がいる。
『ほーらほら♪』
インド馬マハトマ。主にダートを主戦場にしてきたが、久しぶりのインド馬によるジャパンカップ出走を果たした。ドバイではカルロス・フェルナンデスに鞍を譲った彼女は、この極東で国際GⅠデビューを果たす。
『トミー、これなーんだ?』
さっきからマハトマに日本で得た新たな特技、あやとりを披露している騎手の名はシヴァンシカ・セス。手先が器用な20歳だ。
『シカ・・・いい加減、手遊びはやめんかね』
師匠はビスワス調教師。インドではかなり例の少ない女性騎手を彼女が16歳の年に受け入れ、4年間、基礎からしっかり鍛えてきた。彼女が誰よりも努力して、極東の名誉ある舞台にたどり着いたことを知っている。だから、できるならば花開いてほしい。
『わかってますよ、師匠』
シヴァンシカはひもで東京タワーを作り出し、師に答えた。
『この子はインドの父、その御名をもらってるんです。不甲斐ないレースをしたら、国に帰れないですよ。それは嫌です』
そうなったら日本に住む?とマハトマに語りかけるその目は笑ってはいない。
「毛色が・・・本当に色とりどりねえ」
「全くだ、にぎやかで・・・お祭りですなあ!」
日本競馬で祭りと言えばもう少し先のグランプリレース・有馬記念だ。ただ、今年ばかりは華やかさで圧倒的にジャパンカップが上回る。
お祭りが好きなのは、栃栗毛で牝馬だったために紗来のセレクションセールに上場した桜牧場産馬リキュールを競り落とした鞍馬オーナー。黄金色の綺麗な毛色に一目惚れ、とっておきの名を授けた。
「莉里子さん、今日でリキュールは御蔵さんに返さねばいかん」
「いっぱい、楽しませてもらいました。オーナー」
莉里子にとっても、GⅠを3つも勝ったパートナーだ。名残惜しい。
「私も、良い思いをさせてもらった。最後に、こんな祭りで有力馬のオーナーにしてもらってね・・・」
すでにしんみりしている。その様子に、生産者から一言。
「オーナー、武豊さん?まだ何も終わっていませんよ?」
「み、御蔵さん!」
「おばあさま・・・」
馬を売った時に、生まれてくる仔は芦毛でない限り鞍馬所有と決められている。繁殖の前に、このレースも残っている。
「終わりじゃないんですの」
御蔵勝子はしみじみと、繰り返した。
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