第168話

 GⅠマイルチャンピオンシップが発走した。18頭の選ばれしマイラーたちが淀の芝1600mを駆け抜けていく。

「で、出たぁ・・・」

 羽地谷満人のコインズパーシバルは可もなく不可もない発馬で先行勢の3馬身後ろを行く馬群の前目、6番手を追走している。前半800mをそれなりのタイムで通過したことから、あまり前に付けるのも良くはない。

「でも、先行が全部潰れるようなペースじゃないよ」

「むしろ、漁夫の利って奴を狙うにはいい位置かもね?」

 御蔵まきなと霧生かなめ。若い騎手2人が分析しているのを、犬養オーナーが横で聞いて納得しつつ、隣の明智師に尋ねる。

「そういうものなんですか?」

「まあ、ペースが速い方が後ろの馬に有利なのは基本ですが。今回は少しだけ速い程度なので、全体への影響はさほど大きくない。となると、結局は位置取り次第で勝負が決まります」

 馬群の前目という位置なら、先行馬の挙動は良く見え、後ろから迫る馬に対しても警戒が効くという面で決して悪い位置ではない。羽地谷はそこまで考えてやってないだろうが、上手くやった。師匠はそう考え、展望に希望を持つ。ここは経験するだけのつもりだが、結果が良いに越したことはない。だが、思う。

「無理はするなよ・・・満人」


 一方、羽地谷の頭の中はかなり煮詰まっていた。体感的にラップタイムは早いはず。それに対して位置は前の方。危険だと経験が告げている。

「ちょっと下がろう、そうしよう」

 手綱を絞って位置を下げることを伝えるが、一向に下がって行かない。

「な、なんで」

 まさかムチを打つわけにもいかないので、手綱をぐいぐい絞るが、特に馬は反応を示さない。邪魔するなと目で制されまでする。

「ちょっと、ちょっと!?」

 羽地谷は焦った。馬が制御不能になったと思い込み、パニックにすらなりかけている中、第3コーナーを回って第4コーナー。直線なんてもうすぐだ。

「終わった・・・」

 経験の無い騎手、上がり馬と言えば聞こえが良いが、ようやくオープン勝ったばかりの制御が利かない馬。これで前途を期待するには無理がある。


「馬と喧嘩してるね」

「何やってんのよ!?」

 羽地谷の異変に、まきなとかなめも気づいた。手綱をこれでもかと絞る騎手の様子に明智師は頭を抱えている。

「あの、先生・・・」

「申し訳ありません、オーナー」

 不安な様子の犬養オーナーに、明智師は一足先に詫びる。

「あの、彼は位置を下げようとしているんですよね?」

「ええ、ペースが早いと・・・下げたいのでしょう」

「何故、位置が下がっていないのでしょうか?」

 犬養は当然の疑問を口にした。

「羽地谷が馬を御しきれていないからです。本当に申し訳ない・・・」

「しかし、御蔵さんが言うにはずっと大人しい性格の馬がそんな、急にレース中に豹変するのでしょうか?」

「その時の気分によるでしょう」

 明智師は不肖の弟子を起用してしまった申し訳なさで、オーナーに文字通り顔向けできないで答えた。

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