第144話

 関西に帰ってきた霧生かなめは2日間、園田で乗ったが勝ちにはつながらなかった。マークが厳しくなり、馬質もビビッドバレンシアどころかグラインダーにも敵わないレベルの馬となっては難しい。結局、中央で1つは勝たないといけない。

「たった5鞍で1勝・・・!?」

 いつも10鞍から20鞍でやっと1勝のかなめからはとてつもない高い壁に聞こえた。


 土曜日は3鞍、未勝利戦と1勝クラスが2鞍だ。1勝クラスは勝ち上がってから毎戦、2桁着順の馬たちなので、まだ未勝利馬に期待が持てる。

「だあぁぁぁ~っ!」

 その第2レースは4着に破れ、残る2走も負けた。つまり、日曜に全てが懸かっている。

「ヤバい、吐きそう・・・」

「大丈夫、大丈夫だよ・・・!」

 真っ青な顔になって調整ルームに入ってきたかなめを、御蔵まきなが出迎える。まきなにはかなめの苦悩、激しい焦燥感が手に取るようにわかった。嫌っているだろう自分に頭を下げ、そのまきなにまで頭を下げさせてまで得たチャンス。地方の乗鞍とはいえ、お膳立てまでされて、示された目標までまだ届かない。

「あと、たった2鞍で・・・」

「かなちゃん・・・」

 霧生かなめは元々、本番に恐ろしく弱い。1年にいくらでも施行される特別戦ですら何連敗したことか?

「勝たなきゃ・・・勝たないと・・・!」

 眠れぬ夜を過ごして翌朝を迎えた。


 その日は波乱が頻発する日だった。ディープインパクト産駒の圧倒的1番人気に乗ったジョン・スイスが盛大に出遅れて飛んだ2歳新馬を筆頭に、前半6レース中で3レースが単勝万馬券。かなめが騎乗した未勝利戦も12番人気、13番人気でフィニッシュとなっていた。そのレース、かなめは2着だったが、

「これは・・・来てる!」

 勝機がこちらに来ていることを強く感じていた。ここまで荒れ放題の日、自分が乗るような人気薄の馬にこそチャンスがある。

「神様は見てるんだよ!」

 まきながかなめを励ます。自分は新馬戦を唐橋厩舎の馬で快勝。本日唯一の1番人気馬の勝利だった。

「あんたに振り回されてかわいそうだって?」

「えぇっ!?それは・・・」

「ゴメ。冗談よ。あんたには感謝こそあれど、恨みなんてないよ」

 かなめは満面の笑みを浮かべて、まきなの目を見て言った。

「行ってくるよ。最後まで希望を捨てずにいられて、本当に感謝してる。いつか、誰の手も借りずに・・・だから、待っててね、まきなちゃん?」

「!?」


 競馬学校で一緒だったころのような、軽い足取りで待機所に向かうかなめを、まきなは不安そうに見つめていた。

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