第129話
迎えた園田7レース、初出走。1枠1番がビビッドバレンシアだ。現在、単勝オッズ1.1倍、圧倒的1番人気だ。姉・リリックフランシアと言う血統もだが、前3鞍で結果を出した鞍上の霧生かなめがその支持を後押ししている。
「かなちゃん、頑張れ!」
朝の調教を終えて駆け付けた御蔵まきなが陣営と見守る中、返し馬の真っ最中だ。
「なんか、良いな…」
憧れの馬の弟の、贔屓目を差し引いても、ビビッドバレンシアには惹かれるものがある。実際に鞍を置いて乗ってみると、尚、その思いが強くなる。
「フランシアの弟か、すごい人気だな?」
リリックフランシアのかつての主戦騎手、芳川が声をかけてくる。彼には懇意の馬主が所有馬を出すと言うので、関係上、その馬を優先していた。
「俺も乗りたかったよ…このレースは楽勝じゃないか」
「そうは思ってないくせに…」
「ははは…楽に勝たせはしないけど」
そうして、ゲートに入れられていく。かなめには、3枠3番が芳川なのが、嫌な感じがしていた。園田の最内枠からのコースは砂が深い。
案の定、発馬の段になって、
「うわっ!」
極端に、とまでは行かないが、3枠の芳川の馬が少しだけ、内にヨレた。2枠の馬も内に押され、1枠から出るビビッドバレンシアの通るスペースが少なくなる。
3番の馬が首尾良く逃げに持ち込み、かなめは仕方なく、3番手に付けた。園田において、初出走戦は820m。第7レースもそうだった。
「50秒で終わり…」
終わったという感覚が、かなめの脳裏をよぎる。
「先生!やられましたね…」
「あんだけ絞られたら、アカン…芳川め」
「かなちゃん!」
馬主席で見守る一同も、まさかの退勢に動揺を隠せない。
「バレンシア、諦めたい?」
ビビッドバレンシアは鞍上から投げ掛けられたその声に応えなかった。
「だよね!」
既に第3コーナーから第4コーナーに入ろうとする辺り、前とは5馬身。
「行くよ!」
掛け声と共に、ムチは手綱を持つ右手に固定した。ムチをほとんど使わない追いのスタイルは、まきなに似ている。かなめが真似しているからだが、両者では微妙にやっていることが違う。
まきなが極力、馬の邪魔をしない追い方だとするなら、かなめは馬に推進力を与える追い方だ。馬が首を前に出すタイミング、後ろに引くタイミング。短く持つ手綱、持つ手を馬に合わせて激しく前後する。中央の若手の中でも手足のアクションが大きいのは異質。だが、姿勢は一定で、地方騎手みたく体全部で馬を推進させる乗り方ではない。
「変わった乗り方やな?」
観察していた金子学が感想を漏らす。地方騎手のアクションの大きい騎乗フォームは、金子の嫌うところだ。彼はまきなや武豊一族のように全く、微動だにしないフォームが好みだ。中央とも、地方のものともつかないかなめのフォームに戸惑いを覚える。
「園田に影響は受けているんです。だけど、それに疑問もあった」
まきなは、2人で木馬を使って理想のフォームを探った日々を思い出していた。
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