第111話
仕切り直しの発走が切られたレースは、7番人気テンシノナミダによる大逃げで幕を開けた。テンシノナミダの鞍上はベテランの大西騎手だ。
「逃げたな…?」
大きく離れた2番手に控えた格好、ミラクルフォースとまきなは、人馬共にまだリラックスしたような感じでいた。この位置も、促したわけでなく、他の馬が全く競ってこないために自然と引き上げられた形だ。
「他の馬はなんで来ないんだろ…?」
他の馬はファントムレディを先頭にして、ミラクルフォースの5馬身後ろに馬群を形成していた。イレ込んで、ゲートにて後手を踏んだコーラルリーフは馬群の中、10番手に付けているが、
《馬と喧嘩しとる》
解説の元ジョッキー岡田も言うように、既に口を割っている彼女の旗色は明らかに悪い。それを尻目に、馬群を統率する立場に立った莉里子はまきなの様子を窺う。
「なんていうか、淡々としてるわね。テンシノナミダに鈴付けるでもなし…」
逃げてGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズを2着に粘り込んだ馬だ。楽に逃げさせていいことはないが、それも2番手のまきながせっつかねばどうにもならない。
「マキマキー!ちょっとは前行きなさいよ!」
イチかバチか、莉里子はまきなに催促してみた。言われたまきなはどの口が、と思っていた。馬群をスローペースに抑えて直線ヨーイドンを狙う莉里子。テンシノナミダを疲れさせて良い目を見るのは彼女だけだ。
「とはいえ…まあ、そうやねぇ…」
ちょっとぐらい、前を揺さぶろうかと思ったのは淀の坂を上り始めたころだった。ミラクルフォースも行きたがっていたし、まだ前との差も12,3馬身ある。
「それに、後ろから怖いのも来るんよ」
まきなはチラリと後ろを見てつぶやいた。
「そうよね?火浦君?」
莉里子は自身の作り上げた馬群の統制が突如揺らいだのを感じていた。
「なに!?まさか!」
「その、まさか!ですよ!」
火浦光成とコーラルリーフが急加速して4番手、莉里子の直後まで上がってきた。割とゆっくり上っていた淀の坂を、一気呵成に、勢いのまま降りてゆく。
《火浦!上がってきた!2番人気はそのまま沈んではいないぞ!コーラルリーフ!》
《800mまで道中、ダメそうやったけどな。この2ハロンで一気に良くした》
岡田の言う通り、人馬共に向こう正面に入るまでちぐはぐだったコーラルリーフ。だが、火浦が完全な制御を諦め、手綱を緩めた辺りから走りのリズムが良くなっていた。本来のラップタイムを大幅に下回るスローペースにスタミナを消耗はしたが、ひっくり返せばそれは脚を余しているということ。第4コーナーに飛び込んでいくあたりで単独3頭目に立ち、追撃態勢に入ったミラクルフォースにも追いついた。
「御蔵!逃がさん!何度もGⅠ取れると思うな!」
「来た!」
「おいおい、俺を忘れないでくれよー!」
追って追って追いまくる火浦に、未だムチを振るっていないまきな。先頭を走る大西は必死に逃げながら抗議の声を上げる。
秋華賞は残り400mとちょっと。最後の直線を迎えていた。
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