第30話

『おお、ジャンヌ!よく来たなあ!後ろの男が、慶太郎、サトーだな?』

 ボルドーの田園地帯に着いた二人を出迎えたのは、英語が達者なジャンヌの祖父らしい。なるべく遅くしゃべってくれて、大筋の意味は佐藤でもわかる。

『お孫さんには、お世話になってます』

『ジャンヌも立派になったな!20の男を顎で使っているのか!』

『もう、おじいちゃん!』

 そんなつもりはないんですよ、と必死に訂正するジャンヌがかわいい。というか、髪を下ろし、ワンピース。普段の騎乗服姿のジャンヌしか見ていない佐藤には新鮮すぎて、軽くめまいがしていた。彼は中学校から男子校で、競馬学校もまきなと彼女の同級生以外は男子ばかり。『御蔵の胸は凶器』とは、彼女の1つ上、彼の友人が流した噂でもあった。

 とにかく、そんな佐藤慶太郎20歳に、今のジャンヌはまぶしかった。

『さあ、今日は飲むぞ!』

『1日しか休みがないの。あまり酔うと帰れないから、ほどほどにしてね』


 1時間後、佐藤は酔い潰れていた。ワインは初体験な佐藤だったが、そう聞いていたジャンヌの祖父・ラディーはできるだけ軽い、甘めのものを用意していた。あるいは、それがいけなかった。さして飲みにくさのないワインを前に佐藤の飲む手は早く、あっという間にべろんべろんになったのである。

『慶太郎さん・・・』

『弱いのう・・・』

 二人して苦笑いである。まあ、命に別条はなかろう、というのがその苦笑いの理由であったが。

『で、なあ、ジャンヌ』

『なぁに?』

『この男が好きなのか?』

『へっ!?』

 瞬間湯沸かし器になるジャンヌである。

『な、なんでそんなことを!』

『いやあ、お前さん、ウチに友達を連れてくることもなかったじゃろう。それが、いきなり男連れと来たもんだ』

 結婚相手の品定めをさせに来たのかと思った、とワインを呷りながら祖父が言う。ジャンヌも、ワイングラスを傾ける。美味いのが悔しい。

『す、好きだけど・・・憧れっていうのかな?そういうのが強いの!』

『憧れのう?』

『うん、この人、ジャポンでダービーとGⅠを1個勝ってるんだ。第一声が、「日本ダービーを勝った、佐藤慶太郎です」だよ!かっこいいでしょ!』

『酒には弱いが、馬では強いのか』

『そうみたいだね・・・』

『でも、この人は騎手として、大成するよ、きっと』

 そう断言するジャンヌであった。

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