第25話

 6月といえば、新馬戦が始まる季節である。唐橋厩舎でも、修が発掘し、弥刀とまきなで育てた名馬の卵たちがデビューする段となった。今年デビューの馬は10頭ほど。そのうち牡馬2頭、牝馬3頭までがまきな主戦とされたのである。

 その中でも、特にまきなが目をかけていたのが牝馬のミラクルフォース号だった。父グラスワンダー、母フォースオン(父ワークフォース)という血統で、素軽さでは今までに乗ったどんな馬よりも上と来ていた。仕上がりも早く、すでに6月4週のメイクデビュー阪神、1800メートル戦に出走が決定していた。この時期に距離が長くタフなレースの求められる阪神で1800メートルを走らせるということからも、期待されていることが分かる。将来は桜花賞を、との期待も高い一頭である。

 また、牡馬ではどちらかと言うとミスターオースチンが有望株とされていた。短距離に向きそうな大きな馬格を持つ馬で、この時期に520キロを超えている大型馬。まきな曰く、まさしく『道草を食う』馬で、調教中ですら道端に生えている草を食べているのだとか。将来的には、550キロに到達するのでは・・・という危惧がありながらも、期待はされる馬だった。


《御蔵です!御蔵まきな、ミラクルフォースをエスコート!メイクデビュー阪神は、ミラクルフォースが新馬勝ち!》

 唐橋厩舎新馬の先陣を切ったミラクルフォースは、見事期待に応え、新馬勝ちを収めていた。まきなにとっては、嬉しい区切りの10勝目である。彼女のレース時にはバレット代わりになることの多い弥刀も、二人を称えた。

「まきな、ミラ、よう頑張ったなあ。ミラは後でトウモロコシやでー!」

 ミラことミラクルフォースは、トウモロコシが大好物であった。

「弥刀さん、私は!?」

「うーん、まきなは・・・ハンバーグでええか?」

「目玉焼きが乗ったのがいいです!」

「任しとき!」

 弥刀の作るご飯は、人馬ともに受けがいい。おかげで、学生時代はよく弁当のおかずをせがまれたりしたものだった。卵焼きが得意料理で、秘密の調味料を入れたそれは、あまじょっぱくご飯に合う。

「ハンバーグって、御蔵は減量とか大丈夫なのか?」

「あ、先輩」

「お、ダービージョッキーさん」

 佐藤慶太郎は、この日のGⅠ宝塚記念に騎乗馬があり、関西に来ていた。宝塚記念が短期免許で渡仏する前の最後の騎乗機会でもある。

「私、食べてもあんまり体重はつかないんですよ」

「そ、そうなのか!?」

 佐藤はまきなの胸を見て絶叫する。競馬学校では、『御蔵の胸は凶器』と噂されていたのを、まきなは知らない。

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