一週間めもりーず
藤原アオイ
day0
第1話 prelude of destiny
さて、みなさんはペット、もしくは愛玩動物に感情があると言ったら信じていただけるだろうか。
まず、私の答えを。私は、魂、つまり感情は人間にしか存在していないと考える。人類はサルから進化したのだというダーウィンの進化論と矛盾してしまうこととなるが、人間はサルとは別物だと私は考えた。その理由は、人間がもつ知恵にあると思う。
まず、ゾウを例に考えてみることにしよう。アフリカゾウの脳の重量は人間の約三倍、四千二百グラム程とされる。だからといってゾウが人間の三倍賢いというわけではない。視点を変えれば、本当は賢いのかもしれないがそれを実践する技術がないとも言える。考えることはできても実行することはできない、それでは考える脳があっても他の動物と何の変わりもないのではないだろうか。
でも、本当にそうなのだろうか。本当に人間以外の動物に感情はなく、人間以外の動物は知能を持ち得ないのだろうか。
それでは、そもそも知能とはどういうものなのだろうか。とあるサイトには、「知能は、論理的に考える、計画を立てる、問題解決する、抽象的に考える、考えを把握する、言語機能、学習機能などさまざまな知的活動を含む心の特性のことである。」と書かれていた。私は、これを人間にしかできないことであると考えた。
公園で犬とボール遊びをしている人がいたとする。例え話であるから本来その人に性別は必要ないはずだが、便宜上ここでは彼ということにしておく。まず彼は遠くに向かってゴムボールを投げる。そしてボールを指差し、犬に「取ってこい」という。ここまでは本当にどうでもいいことで、重要なのはこの後であるのだが。
犬は取ってこいと言われたボールをすぐに取りに行く。そしてそれを口に咥え飼い主である彼の所でボールを地面に落とす。その後のことは今は関係ないから省略するとしよう。
重要なのは、取ってこいと言われたボールを取りに行く際に、上で引用した「知能」というものが働いていたかどうかだ。
まず、そこに論理的に考える余地はあったか。ちなみにいっておくが、条件反射と論理的思考は当然だが別物として考える。そうでもしないとこの議論はいつまでも平行線をたどり続けるからである。そう考えると、飼い主が投げたボールを取りに行くという行為は後天的に訓練された条件反射なのである。
その点では人間もさして変わらないのかもしれない。だが人間には、自分自身で考えて試行錯誤することができる。その点においては人間は他の動物に優っていると言える。
ところで私は何の話をしていたのだろうか。脱線しすぎて本題が見えなくなってしまった。この癖は高校生になっても治る兆しを見せず、作文を書くときにいつも邪魔をしてくるのである。この悪癖さえ治れば万事解決なのだが、そうは行かないのが人生というものであろう。
ああ、また脱線してしまった。そもそも何を話したかったのだろうか。えっと……
――――数分の時が流れる。カップ麺であればとっくにのびきっていてもおかしくない頃合いだ。ただし彼女の人生はお湯をいれたカップ麺程短くはなく、だが決して人より長いというわけでもない。長くて九十年程の彼女の人生にはイベントと言えるようなことは決して起こることはあるまい。
だって、彼女は交通事故に遭う予定も、彼氏に会う予定ですらもないのだから。その手帳はいつも真っ白で、隅の方に時間割変更がちょこっと申し訳程度に書かれていた。
三限 現国から数Ⅱ
五限 英表から現国
どうやら英語表現の授業を受け持つ先生の都合がつかなかったようだ。別のページでも英語表現の授業だけが他の授業と入れ替わっている。産休という噂もあるが、真実かどうかは定かではない。定かではないからこそ噂というものはいいのだが、それをわかってくれる理解者などいるはずもない。――――
どうでもいいことだが、彼女は昔、日記をつけていた。
昔といっても十年も経っていない程の昔であるが。
その時は今よりずっと支離滅裂な文章を、ただ、今よりもずっと楽しそうに書いていた。
今の文章はどうかって?
魂が抜け落ちたような言の葉、当然人を惹き付ける力などなく、誰が読んでも平凡だと口を揃えて言う。
彼女は誰かと足並みを揃えようとした訳ではなく、いつの間にか追い付かれていたのだった。それ以降彼女に突きつけられたのは「平凡」の二文字であった。
彼女から感情が抜け落ちたのはちょうどその頃、いや、それよりもずっと前のことだったと思う。
もともと彼女はソレを喪ってから不安定になる傾向があったのだから。
「猫、黒猫ですか。」
横断歩道を駆け抜けるのはまだ小さな猫だった。赤い首輪がつけられていて、一発で飼い猫だということがわかった。信号の色とお揃いのその首輪は彼女にとって忘れられないもののひとつだった。
何かから逃げるように走る猫は、そこが車道で、そこの車通りが多いことをまだ知らない。いや、知ることはないのだろう。その猫は彼女がつくりだした幻影でしかないのだから。
その猫は何の迷いもなく赤信号を渡――――赤い臓腑を撒き散らして死んだ。
「えっ、アッあああああァァーーーー!!!!」
傍目から見ればただのヒステリーな高校生にしか映らない。でも、彼女には見えたのだ。道路に広がる赤い染みも、ブレーキをかけることもなく走り去る軽自動車の赤いインクが染みたタイヤも、首輪のチャームにミーちゃんと書かれていたこともすべて。
「ミーちゃん、黒猫のミーちゃん、うそ、うそでしょ、ミーちゃんが生きているはずがない。だ、だってあの時ミーちゃんは、ミーちゃんは!」
彼女は
崩れ落ちたその膝は、今も小刻みに震えている。
「やだよ、そんなのってないよ。」
歩道に倒れこんだ彼女に救いをさしのべる人はいない。みんな自分のことで忙しいのだ。
幸か不幸か、彼女は昼食をまだ食べていなかった。だからか胃のなかのモノをぶちまけるなどという愚かなことはしなかった。その代わりというべきか、強い酸が彼女の喉を焼く。
「ミーちゃん、今、会いに行くからね……」
それがその声帯を自らの意志で動かす最後の機会となった。強張っていた腕から力が抜け、アスファルトの上に落ちる。
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