第7話 アサギお兄ちゃん、ありがとう!

 30人程の前でピーマン料理を披露したその日の晩から翌日の晩に掛けて、浅葱あさぎたちの家の電話が何度も鳴り響いた。


「うちの子がピーマン食べてくれたわ! 特にポタージュが美味しい美味しいって飲んでくれたの! ありがとうね!」


「凄いよ。ピーマン苦い苦いって顔しかめて食べてたあの子が、美味しいって言うんだよ。本当にありがとう!」


「勿論ピーマンもなんだが、他の野菜でもポタージュ作ってみたんだよ。もう大好評さ! ありがとうな!」


 内容はそう言った感謝ばかりだった。


 その度に浅葱は恐縮しきりで、受話器を手に何度も頭を下げた。そんな浅葱を見ながらカロムは「眼の前にいないのになぁ」と笑った。


 子どもに替わった時などは、辿々たどたどしい、だが可愛らしい声で「アサギお兄ちゃん、ありがとう!」と言われ、何ともほっこりしたものだ。


「けど良かったな。子どもたち、皆ピーマン食える様になったみたいじゃ無いか」


「みたいだね。美味しいとまでは行かない子もいるみたいだけど、食べられるだけで凄いよ。これで慣れて行って、ゆっくりでも普通に食べられる様になったら良いな」


「ピーマンに良い印象を持ってくれたんなら、それで充分なんじゃ無いか?」


「そうだね」


 浅葱が頷いた時、研究室からロロアが出て来た。


「またお電話があったみたいですカピね」


「あ、ロロア。うるさくしちゃってごめんね」


「全然大丈夫なのですカピ。お子さま方、ピーマンが食べられる様になったのですカピか?」


「そうみたい。ありがとうね」


 言うと、ロロアはきょとんと首を傾げた。


「僕は何もしていないのですカピ」


「一緒に来てくれて心強かったよ。あんな大勢の前で料理とか緊張するもん」


「でも浅葱は料理屋に勤めてたんだろ?」


「厨房とフロアは完全に別だったからね。オープンキッチンじゃ無いから、お客さまの前で料理するとかは無かったよ」


「そっか。よし、そろそろ晩飯の準備だな。何か最近ピーマンばっかり食ってた気がするぜ」


「実際はそこまででも無いんだけどね。昨日は食べたけど」


 浅葱は小さく笑う。最近は家での食事では、ピーマンは食べていなかった。


 さて、夕飯の支度である。


 まずはスープを仕込んでおこう。鍋に砂出ししておいた浅蜊あさりと水を入れ、ふたをして蒸す。


 浅蜊の口が全て開いたらボウルに乗せたざるに上げ、殻から身を外す。


 鍋にバターを引き、溶け始めたらざく切りにした玉葱を炒め、透明感が出て甘い香りがして来たら短冊切りにした燻製豚ベーコンを加えて炒める。


 角切りにした馬鈴薯じゃがいもを入れ、さっと混ぜて油を回したら、ブイヨンと塩を入れ、ことことと煮込んで行く。


 その間にもう一品の準備。卵に塩を少々入れて解きほぐしておく。


 レタスは適当な大きさに千切り、豚肉は一口大のスライスにし、塩胡椒で下味を付けておく。


 ここでスープの鍋に、浅蜊の蒸し汁を目の細かい笊でしながら加えておく。


 フライパンを火に掛けて、オリーブオイルを多めに引く。しっかりと温まったら卵液を流し入れる。


 縁からふんわりと盛り上がってくるので、中心に巻き込む様に火を通し、ふわふわの炒り卵を作っておく。


 同じフライパンをさっと綺麗にし、オリーブオイルを引く。まずは豚肉を炒めて行く。


 火が通ったら白ワインを入れて、しっかりとアルコールを飛ばし、鍋底の旨味成分を刮げながら煮詰めて行く。


 水分が少なくなったらレタスを入れ、しゃきしゃき感を残す様にさっと炒め、塩を振り、炒り卵を加えて全体を混ぜ合わせ、粒胡椒をたっぷりと振る。


 器に盛ったら、豚肉とレタスと卵のさっぱり炒めの出来上がり。


 スープの鍋には浅蜊の身と生クリームを入れて、弱火で温める。


 こちらも器に注ぎ、彩りのパセリを振ったら、クラムチャウダーの完成である。


 それらにバケットを添えて、夕飯が整った。


 食卓兼居間に運び、ロロアの前に置いてやると、ロロアは嬉しそうに眼を細めた。


「今日も美味しそうなのですカピ」


「簡単な炒め物だけどね。じゃあ食べようか」


 全員でテーブルに着き、感謝を捧げ、いただきますと手を合わせた。


 まずはクラムチャウダーをすくう。具沢山に仕立ててあるので、どこを掬っても具がごろごろである。


 浅蜊の旨味が溶け出したなめらかなクリーム味のスープに、甘い玉葱。燻製豚からも旨味がしっかりと出ていて美味しい。


 チャウダーにバケットを浸して食べてみる。するとバケットの香ばしさが加わって、こちらも美味だった。


 さて、炒め物である。


 豚肉の甘い脂は程良い差しで、しゃきしゃきのレタスは爽やかさを生み出す。ふんわり卵も良い塩梅。


 しっかり煮詰めた白ワインが膨よかで、粒胡椒のアクセントが良い。


「ああ、旨い。この炒め物にもすっかり馴染んだなぁ」


「はいですカピ。とても美味しいですカピ。さっぱりしているのに、黒胡椒がぴりっとしていて美味しいのですカピ」


「ありがとう。僕の世界では、炒め物が手軽で、煮込み料理が凝ってるってイメージなんだよね」


「そうなのか? 煮込みは仕掛けたら後は放っておけるだろ。炒めたり焼いたりする方が、俺らには難しく感じるぜ」


「焼くのは火加減が難しかったりもするから、僕も手軽だとは思わないけどね。これからも、煮込みは勿論作るけど、こんな感じの炒め物も作るから、食べてくれたら嬉しいな」


「おう、勿論。アサギの料理はどれも旨いもんな!」


「はいですカピ。毎日ご飯の時間が楽しみですカピ!」


「ありがとう」


 ふたりの賛辞さんじに、浅葱は照れた様に笑みを浮かべた。


「しかしこの炒め物の味付けって、素材の味がしっかりと判るから、レタスをピーマンにしたら、それこそ子どもたちから逃げられちまうな」


「あはは、そうかもね」


「でもピーマンの炒め物も美味しそうなのですカピ。今度食べてみたいのですカピ」


「うん。じゃあ今度作ってみるね」


 そうしておだやかに食事の時間は流れて行った。

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