第8話 食うもんひとつでそこまでかぁ。凄いな

 軟骨入り鶏団子とブロッコリのトマトグラタン。


 浅葱あさぎはまだこの世界の文字が書けないので、夕飯の後、その作り方をカロムに書いて貰った。ミリアに渡す為である。


 文字を書けないだけで無く読む事も出来ないので確認は出来ないが、カロムのする事だ、大丈夫だろう。それだけ信頼しているのだ。


 明日にでもまたカロムの買い物に同行して、ミリアに託すとしよう。




 そうして翌日、カロムが「そろそろ買い物に行くかな」と、んーと呻き声を上げながら腰を伸ばした時、ロロアが研究室からスキップでもしそうな軽い足取りで出て来た。


「ナリノお婆ちゃまのお薬の調合が終わりましたカピ!」


「お疲れさま、ロロア」


「お疲れさん。俺これから買い物行くし、アントン先生に渡しておこうか」


「僕も一緒に行きますカピ。直接お渡ししたいですカピ。初めてのお薬ですので、説明もしたいのですカピ」


「なら一緒に行くか。アサギも行くんだろ?」


「うん。ミリアさんにレシピを渡したいから」


「おう。じゃあ行くか。準備は良いか?」


「僕、かばん取って来るね」


 浅葱は言って2階に上がる。


「あ、僕もお薬をまとめなくてはなりませんカピ」


「じゃあ俺はロロアの手伝いかな。研究室入って良いか?」


「勿論ですカピ」


 ロロアとカロムは研究室へ。


 そうして慌ただしく出掛ける準備を進めて行った。




 買い物前にミリアたちの家にお邪魔して、作り方を書いて貰った用紙を渡し、その料理がもたらすであろう効果を説明すると、ミリアは嬉しそうに顔を輝かせた後、少し困った様に小首を傾げてしまった。


「実は……私あまり料理が得意では無くて。私で上手く作れるかしら」


 それが謙遜けんそんなのかどうかは判らないが、本当であれば、少し難易度が高いかも知れない。


 ああ、そう言えばナリノが「ミリアの作るもんは大して旨くも無いけどね!」とがなっていたっけ。


 ただ切って煮込むだけならともかく、鶏肉を挽き肉にするのは確かに面倒かも知れない。


 そう思うとこの選択は間違ったかな? と思うが、軟骨を美味しく食べて貰うには、今はこの料理が1番ナリノに良いと思ったのだが。


 浅葱はもうひとつ、家ではまだ作ってはいないが軟骨を使ったレシピを用意していた。それは挽き肉も要らないので、比較的楽に作れると思うのだが。


「では、こちらはどうですか?」


 浅葱がそう言って渡したレシピを見たミリアは、顔を綻ばせた。


「これなら私でも作れそうです。ああ、良かった」


「それだったら良かったです」


 浅葱も頬を緩ませた。すると。


「あの、アサギくん、お願いがあるんだけども」


「何でしょう」


「この、鶏のお団子のお料理、アサギくんがここで作ってくれないかしら」


 浅葱は予想外の事に驚いて眼を見開いた。


「僕がですか?」


「ええ。私には難しそうなんだけども、とても美味しそうだから、是非お母さんに食べて貰いたいと思って。勿論私も食べてみたいんだけど」


 ミリアはそう言って、照れた様に笑みを浮かべた。


 浅葱がロロアとカロムを見ると、ふたりは眼を見合わせてニッと口角を上げる。


「じゃ、俺はその間に買い物してくっかな。大丈夫、ちゃんとご所望のものは買って来るからさ」


「僕はアントン先生にお薬をお届けに行きますカピ」


 浅葱は小さく息を吐いた後、頷いた。


「分かりました。じゃあ作らせていただきますね」


 言うと、ミリアは「嬉しい!」と口元で手を合わせた。


「ありがとう! じゃあ私も買い物に行って来るわね! 軟骨が要るって事は、丸ままの鶏が要るのよね。ちょっと待っててね!」


 ミリアは慌ただしく言うと、壁際のチェストの上に置かれていた小さなバッグを引っ手繰たくる様に取って、家を飛び出して行った。


「じゃ、俺らも行くわ。アサギ、留守番頼むな」


「う、うん、分かった」


 人の家で留守番とは何とも緊張する。だがこの場合は仕方が無い。浅葱はロロアたちを見送った後、ダイニングでまんじりとミリアの帰宅を待った。




 走ったのだろうか、息急き切ったミリアが帰って来た。申し訳無い。自分で行けば良かった。


「これ、鶏丸まま! 他の材料はお家にあるから」


 そうして材料を出して貰った浅葱は調理を始める。今回のお手伝いはミリアである。横で洗い物などをして貰っている。


 浅葱は手際良く作業を進め、出来上がった煮込みを耐熱皿に移す時に、ナリノ用にひとり分、そして他の家族様に大きめの器を使う。


「お母さんね、トイレもお風呂も自分で行くから寝た切りって程じゃ無いんだけど、食事は部屋で食べる事になっていて」


 そういう訳でナリノの分は別に作る。父親のジェイズとメリーヌはまだ帰って来ていないので大皿は置いておいて、まずはナリノの分である。


「でも、晩ご飯にはまだ早く無いですか?」


 浅葱が訊くと、ミリアは呆れた様に息を吐いた。


「お母さんね、今は食べる事しか楽しみが無いって言ってるから、時間はあまり関係が無いの。良く無いって解ってるんだけども、そうね、私たちも甘いのね」


 最後には苦笑を浮かべたミリア。その気持ちは解らないでは無い。


 そうして出来上がる頃にはカロムが戻って来て、ロロアはアントンを伴って来ていた。皆でリビングで紅茶を飲んで一息吐いている。


「お、良い匂いがして来たな」


 カロムが台所に顔を出す。


「ミリアさんたちもだけど、ナリノさんに喜んで貰えると良いんだけどなぁ」


「大丈夫だって。昨日食ったの旨かったし、珍しい料理だから、面白がってくれるかも知れんぜ。ナリノ婆さんて別に保守的じゃ無いだろ?」


「そうじゃ無いとは思うんだけどもね。まぁ偏屈だから、珍しいものを出したら少しへそを曲げるぐらいの事はあるかも知れないけど、この匂いには勝てないと思うわ」


「いやいやミリアおばさん、ここからがもっと凄いんだぜ」


「あら、そうなの?」


 ミリアが軽く眼を見開くと、浅葱は小さく苦笑する。


「そんな大した事では無いんですよ」


 そう言いながら、スライスしたゴーダチーズを乗せ、ガス窯に入れた。


「え? 本当に焼くの? 作り方を見てどういう事かと思ってたんだけど」


「焼きます。グラタンって言う料理です。正確にはグラタンにはマカロニとかのショートパスタが入るんですが、パスタは食べ過ぎると太ってしまうので。ナリノさんは痩せなきゃいけないので、入れていないんです」


「あら、パスタって太っちゃうの?」


「パスタだけじゃ無く、米とかパンに使う小麦とか、そんなんも食い過ぎると太っちまうらしいぜ。だから痩せたいんだったらそういうのをまずは食わない様にするのが良いらしい」


「そうなんです。代謝も上げなきゃですしね。トマトにはその効果もあります」


「たいしゃ?」


「身体を動かすエネルギー。その代謝が摂り入れるエネルギーを超えると痩せると言う事です」


「ん? 解る様な解らない様な」


 カロムが眉を顰めて首を傾げる。ミリアもきょとんとした表情である。


「巧く説明が出来なくてごめんなさい。食べる分より消費する分が上回れば良いって事なんです」


「ああ、成る程な」


「それもそうよね。食べた以上分を消費すれば痩せる。当たり前の事だわ。でも、私もお父さんも娘も、パンもお米も普通に食べているけど、別に太ってはいないわね」


「多分、無意識に他の食べ物でカバーしているんだと思います。お野菜とか豆とか。お肉も巧く摂れば痩せる食材なんですよ」


「そうなの? へえぇ、食べ物って言うのはいろいろな効果があるのね。美味しいだけじゃ無いのね。考えた事も無かった。単純にお腹いっぱいになれば良いって思ってたわ」


「お腹いっぱいっていうのは大切な事ですよ。お腹いっぱいで身体に良かったら更に良いじゃ無いですか。パンやお米も勿論身体に良いものなんです。それらに含まれているものは、人間の動く源です。でも摂り過ぎると太ってしまう。今ナリノさんはそれを溜め込んでしまっている状態なんです。なので少なくしてあげないと。お米がお好きだって聞いているので、大変かも知れませんが」


「でも肉だったら大丈夫なんだろ? 食い過ぎじゃ無けりゃあ」


「そう。お野菜やお豆もいっぱい摂ってね。バランスだよ。痩せるだけじゃ無くて、骨とか心臓とか、他の内臓もね、大事にして貰わなきゃ。僕たちだって健康で長生きしたいよね」


「食うもんひとつでそこまでかぁ。凄いな」


「そこまでだよ。さ、そろそろ焼き上がる頃かな?」


 浅葱が時間を見てガス窯を開けると、チーズの焦げ目が現れ、ふわりと香ばしい香りとともに湯気が上がった。


「まぁ! とても良い香り!」


 ミリアがガス窯を覗き込んで、ごくりと喉を鳴らす。


「お母さんに「美味しく無い」なんて絶対に言わせないんだから!」


 そう言ってまるで喧嘩にでも赴く様に、ぐっと拳を握った。

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