第6話 ご明察だよ。さ、作ろう!

 ミリアたちの家を辞した浅葱あさぎたち。病院と馬車を停めてある役所の方向は同じである。途中まで一緒に行き、適当なところで別れた。


 それから浅葱たちは何軒かの商店で、明日の昼食までの食材を適当に買い込み、役所へと向かう。カロムが中に一声掛けてから、全員馬車に乗り込んだ。


 帰途、程良く揺れる馬車のワゴンで、浅葱はロロアに訊いてみる。


「ねぇ、僕この国の医学が全然分からないんだけど、神経痛の原因は?」


「骨と骨の間にある軟骨の磨耗まもうだと言われていますカピ。村の病院では難しいのですカピが、街の大きな病院で、亡くなられた方々の解剖などをされていて、解った事なのですカピ」


「それは僕の世界でも同じだ。じゃあ治療方法はどうなの?」


 すると、ロロアは辛そうな表情になって、眼を伏せてしまった。


「治す方法は解明されていないのですカピ。なので痛み止めで和らげるしか無いのですカピ」


 浅葱はそれを聞いて、「んー」と記憶を辿る。


「この世界と僕の世界の人間の、身体の構造や食品の成分が同じだったらなんだけど、骨を強くする成分が含まれている食べ物を食べると良いと思う。軟骨だとそうだなぁ、僕の世界で良く聞いたのはフカヒレ、さめひれだね。でも流石に狩ったりするのは厳しいかなぁ」


「そうですカピね。鮫は凶暴ですカピ。僕たちでは難しいですカピね」


「じゃあ食品からカルシウムを取るのが良いね。鶏の軟骨も良さそう」


「カルシウム、ですカピか?」


「骨を強くする成分の事かな。この世界にある食べ物だったら、やっぱり乳製品かなぁ。牛乳とかチーズとかバター。ヨーグルトもか。大豆とかえんどう豆も良いよ。後は骨やからごと食べられる小さな魚とか小海老とか。少し大きめでもじっくり煮たり揚げたりしたら骨も食べられるよ。圧力鍋があったら早いけど、ここには無いから、時間を掛けるかな」


 浅葱の話を、ロロアは眼を輝かせて聞き入っている。


「そうなのですカピね……! アサギさんの世界では、そういう事の解明がとても進んでいるのですカピね。凄いですカピ」


「この世界では、そういうのは調べられていないのかな」


「そういう事を考えた事が無いのですカピ」


「食品は体内に取り入れるものだから、それが身体を形作ると言っても過言では無いよね。今言った骨を強くする成分は勿論、免疫めんえきを上げたりとか血液の流れを良くしたりとか、代謝を良くするとか。レジーナさんのお家でオリーブさんが作ってくれたご飯や食堂で食べていて思ったんだけども、この世界の一般的な食事って野菜とか豆が多めで健康的だから、あんまり考えなくても良かったんだと思う。本能的と言うか、意識しないでそういうのを摂っているんだね」


「そうなのですカピね」


「そういう食事を続けている人は健康なんだと思う。かたよってしまうと、身体に不調が出てしまうのかな。パンとかパスタ、お米ばかり食べていたら太りやすくもなるし、お肉ばかり食べていたら血液の流れが悪くなる。だからバランスが大事なんだね」


 すると、御者台ぎょしゃだいで馬を操っているカロムが、首だけをかすかにこちらに向けて言った。


「確かナリノ婆さんは米と肉が大好きだった筈だぜ。あの性格だ、好きなもん出さなきゃがなり立てるぐらいの事はしかねんだろうから、ミリアおばさんも大変かもな。アサギの言う通りなら、確実に太る食生活じゃ無いか?」


「確かにそうだね。僕、ちょっとカルシウムが取れて痩せられる様なメニュー考えてみようかな」


「お、それは良いかもだな。ミリアおばさんも喜ぶぜ」


「僕は、少しでもナリノお婆ちゃまの痛みが和らぐお薬の調合を頑張りますカピ」


「おう。俺は応援しか出来ないが、頑張れ!」


 ロロアが気合いを入れる様に鼻を鳴らすと、カロムは「ははっ」と笑って軽く手綱たづなを振るった。




 翌日、浅葱の作ったサーモンとアスパラガスのクリームパスタの昼食を食べながら、浅葱はカロムにお願いをする。


「カロムさん、お昼からのお買い物、僕も一緒に行って良いかなぁ」


「そりゃあ構わんが、欲しいものがあるなら買って来るぜ?」


「昨日言ってた、骨が強くなって痩せられるメニュー、食材を見ながら考えてみたいんだ。僕まだこの世界の食材に詳しく無いから。だからカロムさんには面倒を掛けちゃうかもだけど」


「ああ、じゃあ一緒に行こうか。しかしこのパスタ旨いな。サーモンもしっとりと柔らかくて。なのに香ばしくて」


「焼いてから解して入れたんだ。これも火の通し方だよ。お肉と一緒だね」


「成る程な。また教えてくれな」


「うん」


 そうして食事を終え、片付けを済ませると、浅葱とカロムは家を出る。ロロアは痛み止め薬の調合を始めると言うので留守番だ。


 ふたりは馬車に乗り込む。カロムは御者台へ。


 村に到着し、今日は共同の馬車置き場に馬車を止める。昨日はロロアたちの案内があったので役場の置き場を借りる事が出来たのである。


 共同の馬車置き場は村の外からの客人などが利用する事が多いのだが、有料なのである。だが錬金術師のお世話係で毎日の様に使用するカロムは、かなり割り引いて貰えるとの事だ。


「おやっさん、今日からよろしく頼みます」


 カロムは、近付いて来た壮年そうねん男性に代金を支払う。前払いなのである。


「おう。錬金術師さまはどうだい?」


「錬金術師も助手も良い奴ですよ。あ、このアサギが助手っす。凄い料理が巧いんすよ」


「へぇ」


 男性が感心した様に浅葱を見る。浅葱は笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。


「こんにちは、浅葱と言います。よろしくお願いします」


「こりゃあ男前だなぁ! 村の女どもが黙って無いんじゃ無いのかい?」


「今んとこは大丈夫みたいっすけどねぇ。昨日村を案内してた時は学校も授業中だったし。学校が無い時が勝負っすかね」


 何の勝負だ。浅葱は意味が判らず首を傾げる。


「はっはっは、そうだな! ま、用心してやってくれや」


「任せてください」


 カロムは快活に笑って返す。やはり浅葱は訳が判らず、眉をひそめた。


「じゃあ行くか。アサギ、まずは何から見る?」


「そうだなぁ、ナリノさんはお肉が好きなんだよね。お肉の摂り過ぎは良く無いけど、美味しく食べて貰えなきゃ意味が無いからねぇ」


「だなぁ。幾ら身体に良くても、嫌いなものは食べたく無いよなぁ」


「となると、そうだなぁ……」


 ふたりはまず、肉の商店に向かった。




 買い込んだ食材を馬車に乗せ、家に着いた頃にはもう陽が傾き掛けていた。


「大変だ、早く晩ご飯作らなきゃ。カロムさん、今夜はナリノさんに食べて貰うご飯の試作をするつもりなんだけど、食べてくれるかなぁ」


「勿論だぜ。楽しみだな」


 馬車から荷物を下ろしながらそんな会話を交わす。浅葱の頭の中ではレシピが組み上がっていた。


「ただいまぁ」


「ただいま!」


 両手一杯に荷物を抱え、器用にドアを開ける。すると奥の研究室からロロアが小走りに駆けて来た。


「お帰りなさいカピ」


「ただいま。お腹空いたでしょ。ご飯すぐに作るから待っててね」


 カロムとふたりで食材を台所に運び入れながら浅葱が言うと、ロロアは「大丈夫ですカピ」とにっこりと笑みを浮かべた。


「でもアサギさんのご飯はとても楽しみですカピ」


「今夜はナリノさんに食べて貰いたいのの試作だよ。ロロアも感想聞かせてね」


「はいカピ。と言う事はお肉ですカピかね?」


「ご明察だよ。さ、作ろう!」


「手伝うぜ」


「ありがとう。よろしくね」


 今使わない食材などを食材庫やらに放り込み、浅葱は腕捲うでまくりをした。

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