第74話 神呼式
「私の妻は未来永劫、ミカだけだ。よって、誓えない」
魔王の宣言に、場は騒然としていた。まさか、魔王の記憶が戻ったのだろうか?
「オドウェル様、もしかして、記憶が、」
「ああ。この5年間のことも全部思い出した。大丈夫だ、ミカ。カスアン神は、他の方法を取る」
魔王は安心させるように笑うと、もう一度、私を抱き締めた。ええ? でも、神の力には、神の力が一番だって──。
「本物の神にお越しいただく」
■ □ ■
ひとまず、離縁式は中止となった。せっかく着付けてくれたサーラには悪いれど、黒いドレスもすぐに脱ぐことになった。だというのに、サーラは魔王と私が離縁せずにすんで良かったと笑うものだから、私は思わずサーラに抱きついてしまった。
その後、私たちは魔王の執務室に集められた。
「それで、兄上、本物の神とは?」
ユーリンが話を切り出した。魔王は、私を見ながら、
「ガレイオス神を呼び戻す」
と宣言した。
ガレイオス神を……? でも、ガレイオス神は、カスアン神によって地球に追放されたはずだ。そのガレイオス神をどうやって、呼び戻すのだろうか?
「ミカ、貴方は二度、この世界へと足を踏み入れた。そのことによって、貴方を起点とした繋がりが、この世界と貴方の世界で出来た。その縁をつかって、ガレイオス神を呼び戻す」
そもそも、ガレイオス神は、カスアン神に追放されたのだから、カスアン神より弱いのでは? ガレイオス神でカスアン神に勝てるのだろうか?
私の疑問が顔に出ていたのか、魔王は苦笑した。
「本来なら、ガレイオス神はカスアン神より強いが、ガレイオス神は眷属に──巫女に力を与えすぎて力が衰えた。そこをつかれて、追放された」
確かに、私が以前聖女と戦ったとき、聖女は呆気なく捕獲できた。今の私は、巫女ではないから、ガレイオス神に眷属はいない。
それなら、聖女とカスアン神が一体化しても、勝てるかもしれない。
「ただ」
ただ? 魔王が、私を見た。
「この方法を使えば、貴方と元の世界の繋がりも消えてしまうだろう」
つまり、二度と元の世界へ戻れないと。
「貴方が、もし、元の世界を望むなら、やはり離縁式を──」
「離縁はしません」
きっぱりと言い切った。もう、それは決めたことだ。元の世界にも大切なものは、たくさんある。けれど、魔王と新たに大切なものを作っていくって決めたから。
「本当に、いいのか?」
魔王は、心細げだ。だから、一言一言心を込めて言う。
「はい。私は、オドウェル様の傍にいます」
■ □ ■
魔王の転移魔法で、祠に移動した。ガレイオス神を呼び戻すには、ガレイオス神にも縁深い場所でないといけないらしい。魔王が新たに描いた魔方陣の中心にたつ。すると、魔方陣は光り出した。
あまりの目映さに目を閉じて、再び目を開けたとき、そこには、柔らかな笑顔をたたえた男神が立っていた。
「貴方が、ガレイオス神ですか?」
「いかにも」
念じなくとも、声が聞こえる。
「ありがとう。私の巫女。貴方のお陰で、私は再びこの地に戻ってこれた」
魔王がガレイオス神に、状況を説明すると、わかっている、と、ガレイオス神は答えた。
「!?」
突如、洞窟の地面がぐらぐらと揺れ出した。
「ミカ!」
魔王に手をとられ、魔王にしがみつく。尋常じゃないほど揺れているというのに、ガレイオス神は、穏やかだ。
「カスアンに気づかれたな」
なんて、のんびりと言っている。危機感というものがまるで感じられない。
「こんな狭い場所で争うのも窮屈だ。私は移動するので、貴方たちも移動なさい」
そういって、ガレイオス神の姿は見えなくなった。おそらく、転移魔法を使ったのだろう。
魔王も転移魔法を使い、ひとまず、執務室へ移動する。
「兄上! 外を見てください!」
ユーリンが、窓を指し示したので、窓の外を見る。
窓の外では、怒り狂った表情をしたカスアン神と、穏やかな表情をしたガレイオス神が対峙していた。
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