第23話 幸せ

 「巫女、また眠れなかったのか?」

情けない。魔王にまた睡眠不足を指摘されてしまった。

「……はい」

「昨日は、記憶の雨だったからな……そういうこともあるだろうが、あまりそういう日が続くと体にさわるといけない」

そう言うと、魔王は私をひょいと抱えあげた。


 「へ、へ陛下!?」

「大人しくつかまっていろ。すぐに、すむ」

そのままずんずんと進んでいき、ようやく下ろされたのは私のベッドの上だった。


 そしてそのまま布団を被される。

「陛下、あの、これは?」

「……眠りなさい。貴方が眠れるまで傍にいるから」

魔王は子守唄を歌いだした。子守唄がないと眠れないだなんて、まるで、子供だ。いや、こうして心配をかけている時点で十分子供だけれども。


 「少し寝てないくらい大丈、」

大丈夫、と言いかけて、瞼が落ちる。どうしよう、これじゃあ全然説得力ないや。そう思うのに、魔王の子守唄が心地よくて、気づけば眠りに落ちてしまった。



「ん……」

 どのくらい眠っていたのだろうか。欠伸をして、伸びをする。

 重みを感じて隣を見ると、魔王も寝ていた。魔王をよく見ると、目の下に隈ができている。そうか、昨日は記憶の雨だったから、魔王も眠れなかったのだろう。ダメだな、私自分のことでいっぱいいっぱいで、全然周りが見えてない。

 魔王の髪をさらりと撫でる。白銀の髪がさらさらとこぼれ落ちた。指通りのよい髪だ。どんなお手入れをしているのだろう。


 それに、まつげも長いし、まつげまで白銀だ。

 見ると、眉間にシワがよっていた。魔王の頭を撫でながら、子守唄を歌う。すると、魔王の眉間のシワは徐々にほぐれ、表情もあどけないものになった。


 そのことに安堵して、再び眠りにつく。





 再び、目を覚ましたとき、魔王はいなかった。魔王は仕事に戻ったのだろう。代わりに、カードが枕元に添えられていた。


 ──おやすみなさい。よい夢を。


 カードからは優しい花の香りがした。

 カードにはなんの変哲もないことがかかれているのに、なぜかこそばゆくて、再び布団を被りたくなる。


 それに、今考えれば、私魔王と添い寝したんだ。大人の男の人と一緒に眠るなんて初めてだった。恥ずかしい。変な寝言とか、いびきとかなかっただろうか。そんなことを考えて、ベッドの端から端まで転がることを繰り返してしまう。


 そうしていると、控えめなノックと共にサーラが入ってきた。

「ミカ様、お目覚めですか?」

「うん」


 サーラは私の顔を見ると、ほっとした顔をした。

「よかった。顔色が大分よくなってます」

サーラにまで心配をかけていたのか。

「心配かけてごめんなさい。それから、ありがとう、サーラ」

「いいえ。ミカ様の体調がよくなれば、それでいいのです」

サーラは微笑んだ。その笑顔が嬉しくて、思わず抱きつくと、抱き締め返してくれた。


 翌日。魔王の執務室で、書類整理の仕事をする。

 魔王のカードのおかげか、昨日はあれから夜もぐっすり眠れた。少しだけ恥ずかしくて、魔王の顔がなかなか見られないけれど、仕事は順調だった。

「巫女、そろそろ休憩にしよう。昨日はよく眠れたようだな」

「はい、陛下のおかげです。ありがとうございます」

魔王にもサーラにも心配をかけてしまった。でも、こうして心配されることは、とても幸せなことだろう。


 その幸せを噛み締めて、仕事に励んだ。

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