第15話 あと10ヵ月

肩で息をする。

「ガレン」

鈴を転がすような声が聞こえた気がして、振り返る。


 美香は、いなかった。


クレアの実がある森の最奥までたどり着いたが、美香は見つからない。

 ──もう、美香が召喚されて2ヶ月が経っている。


 あと10ヶ月で、私は美香を見つけ出し、何としてでもこのくだらない戦争を終わらせなければならない。


 城下町にもおらず、この森でも見つからないのだとしたら。

 考えられる可能性はひとつだけ。

 森の先にある、谷へ目を向ける。


 魔物の国に、『巫女』が現れたという噂はない。


 「美香は『聖女』だ」

巫女などという唾棄すべき存在では断じてない。けれど、クリスタリア以外の国は行くのに城下町を必ず通る。だから、残されているのはクリスタリアだけだ。


 この先にある谷は、人間には越えられない。一度城に残って体制を整えるべきだろう。


 「美香、」

──必ず、貴方を取り戻します


 心の中で誓って、森に背を向けた。


 ■ □ ■


 さて、魔王へのお礼は何がいいだろうか。私の数少ない趣味の一つであるお菓子作りをしようか、とも考えたが、残念ながら、この世界の砂糖は貴重品だし、暗殺されるかもしれない立場の人がそうやすやすと手作りの食べ物を受け取ってもらえるとは思えない。


 ああ、でも、ガレンは喜んで食べてたっけ。前の生で砂糖が貴重品だと知る前の話だ。今思い返すと、それでいいのか第5王子と突っ込みたくなるけれど。


 とにかく、魔王への感謝の気持ちを伝えるには、何がいいのか。


 悩んだあげく、結局良い案が浮かばなかった私は、魔王に直接尋ねることにした。

サーラに、魔王が忙しくないときに時間をつくってほしいという、言付けを頼んで、3日後。魔王は、私の部屋へやってきた。


 「巫女、どうした?」

「お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」

私は単刀直入に、魔王に様々なことをしてもらったので、そのお礼がしたいが、何をすればわからない、と切り出した。


 魔王が提案してきたのは、意外なものだった。

 「ならば、貴方の世界の歌を」

「歌、ですか?」

「ああ。貴方の声で聞いてみたい」

「あまり得意ではありませんが……」


「それで良いから聞いてみたい」

魔王と初対面ぶりに目が合う。深紅の瞳はどこまでも澄んで、吸い込まれそうだ。急に熱くなった頬を隠すように頷くと、覚悟を決めて歌い始める。


 何の歌にしようか迷ったが、結局、母が好きだったグループの歌にした。

 誰もがみんな特別だ、と言った内容の歌だ。


 歌い終わると、魔王は拍手をしてくれた。

「貴方の歌声は優しいな。……良いものを聞かせてもらった。ありがとう」

そういって微笑んだ魔王の顔の方が、とても優しくて、思わず照れてしまう。


 その後魔王と他愛もない話をしながら、穏やかな時間を過ごした。

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