第8話 魔王との会話

「それで、彼女の様子はどうだ。何かこの城に不満な点などないだろうか?」

俺が兄上の執務室へ戻ると、兄上はそわそわした様子で聞いてきた。

「オドウェル兄上、そんなに気になるなら、本人に直接聞いてきたらどうです」


 こんなに落ち着かない兄上を見たのは初めてだ。声が震えないように注意しながら、言うと兄上はキッとこちらを睨み付けてきた。


 「そんなことをして、嫌われたらどうする!」


 これには堪らず、吹き出してしまった。

「兄上がそこまで、気にかけるということは、彼女は本当に巫女なのですね」


おそらくそうだろうと思っていたし、そうでなくとも彼女は保護するつもりだったが、兄上の反応を見て安心する。


 「……わからん」

「………………は?」


 何を言っているんだ兄上は。

「兄上も、巫女とお呼びになっていたではありませんか。何かこう心惹かれるものがおありになったのでは?」


 「目が合うと、急な動悸と目眩におそわれたが、……それだけだ」

それがいったい何を意味するのか、兄上はどうやらわかっていないらしい。


 兄上の初めての春だ。そうなるのも仕方がないのかもしれないが。

 だが、俺が兄上の気持ちを指摘するのは無粋だろう。


 俺は、含み笑いを隠すように、兄上に提案した。



 ■ □ ■


 さて、何をしよう。

 自由にしていいと言われたのは、初めてで、逆にどうしていいかわからない。


 「サーラ、何をしたらいいと思いますか?」

「敬語は不要です、ミカ様。ミカ様のお好きなさって構わないと思いますよ」

その好きにするのをどうしようかと、困っているのだけれど。


 私が、どうしたらいいのか分からず、途方にくれていると、扉がノックされた。すかさず、サーラが取り次いでくれる。

「ミカ様、陛下がお見えですが、どうなさいますか?」


 魔王が!? 一体何のようだろう。先程はあからさまに、視線をそらされていたから、嫌われたのかもしれない。それで、やっぱり客人としては扱えない。出ていってもらえないか? なんて言われるんだろうか。


 どきどきしながら、魔王を通してもらう。


 「巫女、その元気だろうか」

魔王は何だか、歯切れが悪い。それに、やっぱり視線はそらされている。

「はい、陛下のお気遣いのお陰で、元気に過ごさせて頂いております」

私が深く礼をすると、魔王はぼそぼそと呟いた。


「……陛下、ではなくオドウェルと、いや、今はまだいい」

「陛下?」

あまりに声が低くて聞き取れない。やっぱり、追い出されるのかな。


 「いや、この客室は女性には殺風景だろう」

そうだろうか? 私には十分すぎるほど豪華に見えるが。


 「巫女は花は好きだろうか? 花を持ってきた」

そういって魔王は、私に花を差し出した。色とりどりの綺麗な花束だった。

「好きです。陛下から、花を賜れるなんて」

本当に綺麗だ。この花々は魔王が選んだのだろうか? 私の疑問が顔に出ていたのか、魔王は恥ずかしそうに笑った。笑うと、端正な顔がよけい際立ち、私の心臓に悪い。


 「その花々は私が育てた。気に入ってもらえたのなら、良かった。……では、私はこれで失礼する」


 そういって、魔王は去っていった。


 用件が、追い出されることではなかったことに安堵する。


 ──花からは、優しくて甘い香りがした。

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