第3話 脱出
戦場に出るまでの一か月間は城に滞在することになっている。それは、私はこの国の歴史も戦争も知らないからだった。歴史は魔物たちがいかに残虐なことをしてきたのかということを教えられた。何も、できない小娘とはいえ、聖女が魔物側に寝返られたとあっては困るからだろう。既に何度も聞かされているが、怪しまれるといけないので、まるで初めて聞いたかのように振舞う。
私は、一か月のほとんどを、ただ淡々と言われるがままにすごした。
「本を取ってくるので、少しだけ待っていて貰えませんか」
「しかし美香、私は、貴方の護衛です。いかなる時でも貴方の傍に控える義務がある」
城内の図書室の入り口で、そういうと、ガレンは困ったような顔をした。
「安心してください、ただ、本を取ってくるだけですよ。図書室には、身分証がいるから怪しいものは入ってこれないでしょう。それとも、私を信用できませんか……?」
「……わかりました。そこまでおっしゃるなら」
ガレンは少し渋ったが、最終的には私一人で図書室に入ることを許可してくれた。
――やった! このために、ずっと大人しく言うことをよく聞く聖女を演じてきたのだ。
図書室に入る前に、おそらく最後になるだろう、ガレンの様子を盗み見る。
深い青の髪も、金の瞳も、相変わらずカッコいい。
私がこれからすることによって、ガレンは罰せられてしまうのだろう。でも、今回は教えられてくれていないが、ガレンは実はこの国の第五王子なのだ。罰といっても、大したことにはならないだろう。
そんなことを考えていると、危うくガレンと目があいそうになり、慌てて視線をそらして図書室の中に入る。
図書室の中に入ってすぐ、身分証を提示し、ゲートをくぐる。そしてそのまま、奥へ奥へと進んでいく。
奥へ進むに従って、人影はなくなっていった。
最奥へと辿りつき、足をとめる。
一番最後の棚の一番右端の本を前の生で言われた通りに動かす。
左、右、左、上、左、左、下、右
動かし終わると、本棚は、私でも横へスライドできるほど、軽くなる。これには、魔法が使われているのだとか、何だとか、ガレンは言っていた。
横へ本棚をスライドさせると、扉が現れた。この国でも一部の人間しか知らない、隠し通路だ。
私は、前回の生で一度だけ、万が一の時のために、とガレンと一緒に、この道を通った。
その時に、ガレンは、実は自分は王子なのだと明かしてくれた。
今生と違い、そんな風に信頼してくれたガレンがなぜ、私を、見捨てたの。
恨みがましい思いを首を振って切り捨てる。
何故かはわからないけれど、せっかく、二度目の生を手に入れたんだ。そういう考え方は、やめよう。
扉の中に入り、本棚を横にスライドさせて元に戻す。これで、隠し通路を知らない人間から見たら何の変哲もない、本棚に見えるだろう。
いずれ、隠し通路を使ったことがガレンにばれてしまうことがあったとしても、今世では隠し通路のことを教えてもらっていないから、時間が稼げるはずだ。
案外、聖女は元の世界に戻ったと思ってくれるかもしれない。
――さようなら、初恋の人。
小さくそう呟いて、私は、隠し通路の中へと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます