第2話
「おはよう、瑞穂!」
太陽みたいな笑顔で彼は笑う。眩しくて苦しくなるくらいにあっけらかんと。
「……はよ」
輝きに満ちたその瞳も、人好きしそうな可愛らしい顔も、どんな人間だって受け入れしまう明るい性格も、俺には持ち得ないものだ。どうしてそんな彼が俺と友達になったのか。今でも訳が分からない。毎朝毎朝彼が俺に教室で挨拶してくるたびに不思議に思っている。
彼と出会ったのが四年前……だったか。未だに俺と彼の付き合いは続いている。四年前の俺が聞いたら、きっと驚くだろう。彼は気まぐれで「友達になろう」だなんて言ってきただけだと思っていたから。
父親に殴られ、心を閉ざして、公園に逃げてきた俺に「友達になろう」と言ってきた彼。きっと彼は分かってないのだろう。あの言葉で俺がどれだけ救われたか。どれほど嬉しかったか。自分の居場所なんてどこにもないと思ってた。誰も自分なんて気にかけてくれないと思っていた俺にとって、あの言葉は生きる希望と言っても等しいくらいのものだった。
彼との出会いから一年後。母さんと父さんが離婚した。父さんはいつも母さんがいない時に俺を殴っていた。母さんが心配するから俺はずっと我慢していた。それが正しいのだとずっと思い込んでいた。でも、そのことを彼に言うと「そんなのは間違っている」と俺に怒った。「瑞穂が我慢する必要なんてない」そう言った。そう言われてようやく俺は父さんの暴力を母さんに相談することが出来た。ずっとずっと怖くて、全てが壊れてしまうような気がして、出来なかったことを、鍛埜の言葉で一歩踏み出すことが出来た。俺の言葉を聞いて、母さんは「ごめんね」と泣きながら俺を抱き締めた。結果として、俺の想像通り二人は離婚して全ては壊れてしまったが、これで良かったのだと思う。全て壊れて、やっと俺の幸せは始まったのだ。
「もしかして……ぼくの、せい?」
俺が両親が離婚したことを伝えると、彼は深刻そうな顔でそう言った。俺が両親が離婚してしまったことで傷付いてるのではないかと思って、責任を感じているらしい。確かに両親の離婚のきっかけは、彼の言葉だ。でも彼の"せい"じゃない。彼の"おかげ"だ。彼のおかげで、俺は幸せになれたのだ。それに、たかが子どもの一言で壊れる関係なんて初めからロクなものではなかった。壊れて当然だ。
「みずほがそう言うなら、いいけど。……ぼくにできることがあるなら手伝うから」
俺の言葉を聞いても、彼はまだ申し訳なさそうだった。そんな責任、感じる必要ないのに。俺は彼に与えてもらってばっかりだ。むしろ俺が何か彼に返さなくてはいけないくらいだっていうのに。
それなのに彼は、何か困ってることはないか。何か手伝えることはないか。そう俺が聞いても「何もない」「みずほが、僕のともだちでいてくれれば、それでいい」そうとしか答えてくれない。俺は確かに色々と不器用な所が多いが、それでも少しは彼の力になれると思うのに。もし本当に彼に困っていることがないのなら、それは安心だけれども……助けてもらってばかりで、頼ってもらえないのは、友達として、寂しい。
だけど、それを彼に言ったとしても、それは彼を困らせてしまうだけだろう。彼はとても優しいから。彼はとても友達思いだから。だから俺は何も言わない。何も言わずに、俺は彼の友達でいる。
そんな風に四年の時が過ぎた。俺達は相変わらず友達で、俺は彼に何も返せないままで。いつか何か彼に恩を返そう、そう思いながら、何も進展がないまま時は無情に進んでいった。
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