日常に生きる人々
續木悠都
第1話 格好良い大人
子供の頃、大人というのは格好良い存在だと思っていた。私の言う格好良いはバリバリに仕事ができて、他者への配慮や恋愛だってしっかりこなすという意味で。
けれども現実なんてのは期待を裏切るというか、そもそも大人に対する定義をフィクションで鍛えすぎてしまったのが良くなかった。
「浅川ちゃーん、この仕事お願いね」
「はい、承知しました」
「浅川さーん、こっちのもお願い」
「はいっ、今取りに行きますっ」
中小企業に勤めて早六年、私という人間は会社の先輩や上司に振り回される日々を送っている。
自分の中では二十六歳になったらもっと格好いい大人——仕事にも人間にも振り回されないように生きている予定だったのに、その予定は未定続きだしついでに言えば恋人もいない。
恋人の有無がどうでもよくなる程度には仕事の忙しさと気心知れた友人と過ごす方が楽だと思っている現状に、少しまずいなと思っても焦る気がないのだ。
そんな私は営業ができるほど社交的ではないし、手に職を持てるほど器用でもないし何かに対して献身的でもない。それにとても頭が良い訳じゃないから、そんな自分ができる事と言ったら限られる訳で。
だからか就活に苦しみつつも、ようやく事務系の仕事で正社員として勤め先が決まって良かったとは思ったのだけど。
(お給料と仕事内容が見合っていない!)
残業手当は付くけれど、それでも早く出なきゃ間に合わないレベルで仕事を回される時がある。
前までいた事務の先輩は結婚をして暫くはいたけど旦那さんの転勤を機に辞めたし、新人を採用しても「思っていた仕事と違う」とか言って一ヶ月で辞めていく子が多い。
その言葉にどういう意味だと思ったけれど、私も最初の頃は事務職ってエクセルやワードで入力作業をしたり、お茶淹れとか電話応対だけをすればいいと思っていた。
けれどもそれ以外の事もしなきゃいけなくて、業務内容を細かく書いてくれればいいのに! なんて事務員になって一年目にその事に不満を感じていた。
でえもそれなりにこなしていく内に仕事に楽なんてないし、業務内容なんて会社によって違うんだろうなと考えが変わる。
(辞めれば迷惑がかかるとか、じゃなくてもう少しやってみたいんだよなぁ)
一から十までじゃない、一から十以上を求められるこの職場でどこまでできるか。会社に対して不平不満がない訳じゃないけど、どこに行ってもきっと仕事や人間関係に対してはそれが出てくる可能性はあるだろう。
とりあえず今まで持っていた格好いい大人っていうのを少しずつ変えて、自分なりに格好良くなりたい。そう思いながら手に持っているファイルに挟まった書類を片付けるために、私は自分のデスクに向かった。
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