四六 雑居ビル 壱

 萌華はギョッとした。ナイフを握った自分の腕に、尾崎佳奈に取憑いていた座敷童子が絡みついている。


「なんでオマエが……」


『デーヴァ』には佳奈は出演していないし、ブレーブに所属もしていない。


「そこまでよ」


 声に振り向くと、御堂刹那と御堂永遠、そしてスマホを構えたスーツ姿の美女が立っている。


 永遠がエレンの腕を取り、彼女をエレベーターに導いて二人でこの場所から離れた。


「森川さん、ムだな抵抗はしないで、一連のやり取りはマネージャーが録画済みだから」


「なんのこと? ウチは……」


「ナイフを人に突き立てようとしてトボケる気? ザッキー、危ないから持ってきて」


 座敷童子は「シャッ」と萌華をかくし、彼女が身をすくめた隙にナイフをもぎ取ると、刹那に持っていった。


「ありがとう」


 彼女がナイフを受け取ると、座敷童子は嬉しそうに「ギィ」と鳴いた。


「なんでソイツがオマエのいうことを聞くんだ? それにオマエら、どこからわいたッ?」


 刹那は萌華の剣幕に口角を上げた。


「ザッキーは佳奈ちゃんからゆずってもらったの」


「奪い取ったんだろ? 幸運ほしさに!」


 コイツが霊力を使って役を盗っているのは知っている。


「世の中、誰でも自分と同じゲスだと思ったら大間違いよ。佳那ちゃんは座敷童子が誰かを傷つけることを恐れていた。だから自分の幸運より、他人の身の安全を選んだのよ。あんたやあたしとは違ってね」


「テメーがそう仕向けたんだろ! 座敷童子は破滅を招くとかオドしてさッ」


「たしかにその事は話したわ。でも、彼女が座敷童子をあたしに移した理由はさっき言った通りよ。

 それに、あたしももう止めることにしたの。やっぱり呪力に頼って役を得るなんて間違ってる」


「ナニ、今さらイイコぶってんだ?」


 萌華は鼻で笑った。


「だいじょうぶ、止めるのはあんたも一緒だから」


「勝手に……」


「それと、あたしたちはわいたりしない、柳生さんが入ってくる前から、ここで張り込んでいたの」


 萌華の言葉を刹那は遮った。


「ウソだ、ダレもいなかった……」


「いないと思い込んだだけでしょ?」


 刹那が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、それが萌華をいらたせた。


「それより、あなた、ザッキーが視えるのね」


 今度は値踏みするように刹那は眼を細める。


「フン、霊能力はオマエら姉妹の専売特許じゃない」


 今度は自分があざわらってやった、一方的にやられるのは我慢ならない。例え勝てなくても一矢報いてやる。萌華は刹那たちを出し抜こうと頭を巡らせた。


「あなたとパパ、それにおじいちゃんの専売特許でもないわ」


 ばなくじかれ萌華は息を飲んだ。何故、尊のことを知っている?


 彼とは半月以上連絡が取れない、だからこそ自ら演じたい役を奪うために危険を冒したのだ。


「あなたには二つの選択肢がある。一つは自ら事務所を辞めて、今後誰も傷つけないこと。もう一つは、あたしたちがこの映像を警察に持ち込んで逮捕されること。

 さぁ、好きな方を選んで」


 上から目線が気に入らない。


「どっちもお断り」


 吐き捨てるように答える。


「じゃあ、どうするの?

 あたしにはザッキーがいるし、永遠はもっと強いわ。こんなオモチャじゃ傷一つ負わせられない」


 これ見よがしにナイフを持ち上げる。


「それに、あなたを助けてくれるパパはもういないわ」


「ナニした? オマエら尊をどうしたッ?」


 刹那の「パパはもういない」という言葉に萌華は激しく反応した。


 尊がこんな奴らに負けるはずがない。だが、この半月の間連絡が取れないのも事実だ。SNSもメールも電話も繋がらない、尊のマンションにも行ってみたが誰もいなかった。こんなことは初めてだ。


 萌華が尊と出会ったのはおおよそ二年前。そう、再開ではなく「出会った」のだ。存在は母の美佐から聞いていたが生まれてから一度も会った事はなかった。


 彼女は両親が高校生の時に生まれた、望まれた子供ではない。尊が美佐をレイプして出来た子だ。


 だから美佐は恨んでいる、尊と萌華を。いや、萌華ではない、笹田みくを。


 美佐が自分を愛そうと努力していたのは解っている。だが、それは無理だった。恐らくみくを見るたびに尊を思い出してしまったのだろう。父のことをみくが聞いても長い間美佐は何も話してはくれなかった。


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