三五 稲本団地中央広場 弐

 ガシャドクロが拳を振り上げる。


「永遠、満留!」


 朱理はとつに刹那の考えを理解した。


「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」


 不動明王の一字呪を唱えながら、ガシャドクロの振り下ろされた拳をかわすと焔を放つ。


 烈火弾よりかなり威力が劣るが、それでも梵天丸と八咫烏を援護することは出来るはずだ。


 梵天丸はガシャドクロの足に齧り付き、八咫烏も空中から三本の足と嘴で攻撃を繰り返す。


 この隙に刹那は座敷童子と共に、尊に向かって突進していく。


「ザッキー!」


 刹那が叫ぶと座敷童子が尊に襲い掛かった。


 次の瞬間、


「ウッ」


 刹那が腹部を押さえてうずくまった。


「姉さんッ?」


「バカな女だ。そんな下等な憑物で、オレを傷つけられるものか」


 仰向けに倒れた座敷童子の腹に、とつしよが突き刺さっていた。「グフー、グフー」と呻き声を上げながら、それを引き抜こうと藻掻く。


「ザッキー……」


 刹那は腹部を押さえながら座敷童子に近づこうとする。


「フン、無様だな。さっきの勢いはどうした?」


 朱理は刹那のところへ駆けだした。


「お嬢様!」


 満留の警告の声に振り返ると、ガシャドクロの拳が頭上に迫っているのに気付いた。


「キャッ!」


 何とか直撃は避けたが、拳が地面を打つ衝撃で身体が吹っ飛んだ。


「グアッ」


「キャン!」


 顔を上げると満留と梵天丸の悲鳴が聞こえ、慌てて首をそちらに向ける。


 梵天丸は朱理と同じように吹き飛ばされ、八咫烏も叩き落とされていた。


  そんな……


「少しは実力の差がわかったか? どうやったかは知らないが、付け焼き刃の憑物を使った半端な霊能者と、泥棒猫の三流外ほう、それに少しばかり異能のある犬。そのガキはまぁまぁ異能ちからは強いようだが、オレの敵じゃない。

 しょせん、ゴミがいくら集まってもゴミに過ぎねぇんだよ!」


 そう言ってうずくまる刹那に近づくと、いきなり蹴り上げた。


「ウァッ」


「姉さん!」


 刹那は痛みで顔を歪め、涙を流しながらも尊を睨み付けた。


「何だ、その眼は? 気持ちだけじゃ、オレに糧ねぇぜ!」


 尊は何度も刹那を蹴りつけた。


「やめてッ、お願い!」


 朱理の声を無視して尊は執拗に刹那を蹴り続ける。


「やめて……やめてってば……やめろ!」


 朱理は立ち上がり尊に向かって駆けだした。


 ガシャドクロの拳が再び頭上から襲ってくる。


「クッ」


 相手が大きすぎて攻撃を避けるのが精一杯だ、ヒートブレイドでは対抗できない。


「どうした、逃げてばかりじゃコイツを助けられないぞ」


 尊が勝ち誇った笑みを浮かべ、刹那を踏みつける。


  どうすればいいの……


「出でよアメノヂカラオノミコトッ、きゆうきゆうによりつりよう!」


 突然現われたガッシリとした男が、ガシャドクロの拳を受け止めた。


「早くッ、長くは持ちません!」


「ありがとう!」


 朱理は満留に礼を言うと、全力で走った。


「ヒートブレイド! 姉さんから足をどけろッ!」


 腕から伸びる焔の刃を尊の顔面に叩き付ける。


 しかし、焔は彼に届く前に掻き消され、逆に腕を掴まれ、捻り上げられる。


「ガルルル!」


 梵天丸が尊の腕に噛みついた。


「クッ、この犬が!」


 尊は朱理を放し梵天丸を殴りつけた。


「キャン!」


 梵天丸は地面に叩き付けられる。


「ボンちゃん!」


 尊は梵天丸も蹴ろうとしたが、座敷童子がその脚に抱きついた。


「クソ! クズどもがッ」


「ヒートブレイド!」


 朱理は焔に包まれた脚で蹴りつける。


 何らかの呪術を施しているのだろう、再び焔は消えたが脚は届き、尊は数歩よろめいた。


「いい気になるな!」


 尊が殴りかかってきた。数発は受け流したが、脚を払われバランスを崩したところを顔面を殴られ、朱理は倒れた。


「永遠に、手を出すな……」


 刹那がヨロヨロと立ち上がったが、尊は手の甲で刹那の頬を打った。


「姉さん……」


 朱理は痛みに呻いた。


「もうお遊びは終わりだ、まとめて殺してやるよ」


  負けるもんか……


 朱理は身体を起こした。


「あんたなんかに、絶対にわたしたちは負けない!」


「ククク……いくら弱い奴が集まったところで、本当の強者には勝てねぇんだよ!」


「わたしたちは弱くない!

 姉さんは、依頼者の問題だけじゃなく心まで救おうとする強い拝み屋だし、ボンちゃんはいつだってわたしを助けてくれるヒーローだ。

 芦屋……満留は正直好きじゃないけど……でも、逃げずにあんたに立ち向かった。

 みんな……みんな、あんたなんかよりずっと強い!」


 朱理の言葉を聞いて尊はせせら笑った。


「なんだ、心は強いってか? それでオレをたおせるのかよ?

 見てみろよ現実を!」


 尊は両腕で周りを示した。


「御堂刹那と座敷童子も、おまえの犬も、そして満留も虫の息だ。もちろんおまえ自身もな」


「わたしたちは強い、わたしたちが力を合わせれば、絶対に負けない!」


「何度も言わせるな、雑魚がいくら集まっても雑魚なんだよ。それとも鬼多見法眼が助けてくれるとでも思っているのか?

 残念だが、今回は来てくれないみたいだな。

 真藤遙香はどうせオヤジのところへ行っているんだろ?

 今頃、返り討ちにされてるさ。

 それに『カルト潰しの幽鬼』も出てこないところを見ると、あいつも死にかけてる。

 安心しろよ、みんな仲良くあの世へ送ってやる。ついでに鬼多見法眼もな」


 ガシャドクロが朱理の背後に立ち、拳を振り上げた。



  オン 鬼多見 薩婆訶ソワカ……



 拳が振り下ろされ、刹那が大きな悲鳴を上げた。

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