一四 朱理の部屋

 御堂刹那は目覚めと共に全身にだるさを感じた。


  カゼひいた……?


 昨日の記憶が次第に戻って来る。


  そうだ、あたし、魔物に襲われて……


 永遠が必死に呼びかけてくれていたのに途中で意識を失ったのだ。


 そう言えば仰向けに寝ている。


 少し身体を動かすと、背中にズキッと痛みが走り皮膚が突っ張る感じがする。しかし動かなければ痛みはないし随分怪我の具合はいいようだ。


  でも、ダルいな……


 その時、ベッドの下からクゥ~ンと声がした。


「ボンちゃん、看病してくれてたの?」


 梵天丸は後ろ脚で立ち上がり、ベッドによじ登って刹那の顔を舐めた。


「くすぐったいよ」


 梵天丸の声が聞こえたのか、パタパタと走る音がして永遠が部屋に入ってきた。


「姉さんッ、気がついたの!」


「おはよう、永遠。

 あたし、あれからどうなったの?」


 永遠は梵天丸を抱きかかえてると、刹那の枕元にしゃがんだ。


「おじさんがお母さんと一緒に、姉さんにかけられたしゆを解いたの」


「あれ? マネージャーはハワイじゃ?」


「うん、だからあたしが呼んで、魂がおじさんにひようして……」


 鬼多見の人たちは霊感のある刹那の常識も軽く飛び越える。


「ふ、ふーん、さすがはマネージャー……」


 永遠は複雑な表情で頷いた。


「旅行を打ち切って帰って来るって」


 ハワイ旅行に夫婦水入らずで行くよう勧めたのは永遠だ。自分が原因で両親の二人きりの時間を奪ってしまったのが悔しいのだろう。


「そっか……残念だね。

 ごめんね、お姉ちゃんがヘタこいちゃったから」


「そんなッ、姉さんがいなかったらわたし、殺されてたかもしれない!」


 慌てて永遠が否定する。


「ありがと。でも、どうしても比べちゃうのよ、マネージャーやおじさんならもっと上手くやったんだろうって」


 刹那はあの二人ほど強い能力ちからを持っていない、普段は気にもしないがこんなことになると自分の無力さを痛感する。


「そんなことない、お礼を言うのはこっちだよ。

 ありがとう。

 姉さんは本当に真那みたいだね。

 わたしは……」


 そこで永遠は言い淀み、話題を変えるように好恵と早紀が昨夜、刹那を心配して様子を見に来たことを伝えた。


「そう言えば、どうしてわたしが危ないってわかったの?」


 刹那は微笑んで腕を伸ばし、永遠に抱かれている梵天丸の頭を撫でた。


「ボンちゃんが教えてくれたのよ」


 刹那がおでんの準備をして永遠の帰りを待っていると、突然梵天丸が玄関で騒ぎ始めた。


 ドアを爪で引っ掻きながら激しく吠える、刹那は嫌な予感を覚えて梵天丸を連れて表に出た。


 後は梵天丸に引かれるままに新川の土手まで行くと、さらに強い力で引かれたためかハーネスが外れてしまい、刹那は全力で追いかけたのだ。


「ハーネスが外れてくれてよかったわ」


「うん、ボンちゃんはいつもわたしを助けてくれるの」


「最高のボディーガードね」


 梵天丸は二人に褒められて得意げな顔をした。


「そうだ、姉さん、お腹すかない?」


 そう言えば昨日のお昼以降、何も食べていない。空腹は感じるのだが怠くて食欲がなかった。


 そのことを永遠に伝えるとおかゆを作ってあるという。本当に気が利く子だ、今すぐにでも嫁にしたい。


 永遠が持ってきたお粥をれんですくって、息を吹きかけて冷ましてから口に運んでくれる。


 梅干しの味が付いていてとても美味しい。食欲が少し湧いて来ると共に、刹那は大切な約束を思い出した。


「あッ、舞桜ちゃんに会いに行かないと!」


 昨日、彼女から後輩が憑物で悩んでいるから助けて欲しいと連絡があり、事務所を通していないため個人的に会うことにしたのだ、行きつけのガストで。


 かつてほぼ副業しかしていない時期は、ショッピングモールのフードコートが行きつけの店だった。


 今は永遠のバーターで仕事が増えたのに副業は減らしてもらえなかったから、ギャラが少し上がっている。


 それに一部のアニメファンには顔も知られるようになったので、周りの視線も気にする必要がある。フードコートでスナック菓子を広げてペットボトルをラッパ飲みはさすがにマズい。


「わたしも忘れてた。でも、その身体じゃムリだよ」


「う~ん、なんか放っておけない状況みたいなのよねぇ」


 舞桜の話は結構深刻だった。憑物筋の少女を助けて欲しいと言うのだが、刹那は憑物筋についてほとんど知らない。だが、その憑物が人を襲っているらしいというのだから、見過ごすわけにはいかないのだ。


「じゃあ、わたしが一人で行ってくる」


「ダメだ、自分が狙われているって自覚を持て」


 ふすまの向こうで鬼多見の声がした。


「ちょっとッ、女子の話を盗み聞き?」


 グッタリしながらも抗議の声を上げる。


「おまえらの声が大きいんだよ。

 それより入るぞ」


「ダメ」


 せっかく永遠とイチャイチャしていたのに邪魔されたくない。


「おまえの部屋じゃないだろ?」


「永遠の部屋はあたしの部屋」


「ジャイアンかおまえは」


 言いながら襖を開けて鬼多見は入ってきた。


「おじさんのへんた~い」


 彼は溜息を吐いた。


「だからおまえを姪にした覚えはない」


「永遠のおじさんは……」


「もういいッ。

 それよりも、それだけ減らず口が叩けるならもう心配ないな」


 刹那はニヤリと笑った。


「当然よ、これから副業しなけりゃならないんだから」


「ダメだ」


 真剣な口調だ。


「心配ないってのはしゆで『死ぬ』心配がないってだけだ。

 しばらく大人しく寝てろ、背中の傷だってあるんだ。

 それに動いて平気なら、先ずは医者だろ」


 ぶっきらぼうに言いながらも刹那の怪我を心配している。


「あたしが行かないと永遠が独りで行っちゃうわよ」


「そんなことさせない、呪術師に狙われているんだ」


 言いながらけんせいするように永遠に顔を向けた。


「朱理、おまえに式神を差し向けた相手をたおすまで外出禁止だ」


「え~ッ、そんなの横暴だよ!」


 抗議の声を上げたが鬼多見は厳しい表情を崩さない。


「おまえ、状況が解っているのか?

 呪詛返しを行えば、相手が死ぬか、呪術を使えないほどダメージを与えていない限り返りの風が吹く。

 それは叔父ちゃんとお母さん、そしておまえだけじゃない、御堂や荒木マネージャーを含めた周りの人にも吹く可能性がある。

 だから出来る限り人との接触を避けなきゃならないんだ」


 永遠はしゅんとした。


「式神だっけ? とにかく永遠を襲ったヤツなんだけど、気になることがあるの」


 さっきまでとは違い刹那も真面目な口調で話し始めた。


「若手の人気声優が連続死?」


 聴き終えた悠輝が眉間に皺を寄せて呟いた。


 刹那はベッドの中で頷いた。


「確かに、声優が事故で亡くなったってニュースをいくつか見たな」


「それだけじゃなく、大怪我ってのもあるわ」


 悠輝は腕を組んで考え込んでいる。


 永遠ですら手こずった相手だ、霊感も験力もない人間が襲われたらひとたまりもない。


「それをやったのが今日会う約束をした依頼者……」


「まだ決まったわけじゃないけど」


 永遠が不安げに鬼多見を見上げている。


「ん~、何とも言えないが、とにかくおれも会ってみたくなった」


「でも、わたし、外出禁止なんでしょ?」


「たしかに他人とは接触させたくないが、今の話は無視できない。

 おれは相手は式神だとばかり思っていた、自分が戦った直後だったからな。

 でも憑物筋の可能性も否定できない。

 一番手っ取り早い確認方法は会うことだ」


「それでわかるの」


 鬼多見は永遠の質問に不敵に微笑んだ。


「ああ、呪詛返しが起こっている。朱理と梵天丸が斃した魔物だけじゃなく、御堂の呪も返してるんだ。死んでなくてもそれなりにダメージを受けているはずさ」


「ちょっとッ、きんしんなこと言わないで!」


 相手は憑物筋で悩んでいる少女だ。しかも本人に悪意はなく、助けを求めている。


「す、済まない、無神経だった」


 鬼多見もそれに気が付いたのだろう素直に詫びた。


 その上で、交通費は持つので自分の部屋に来てもらえばいいと提案してくれた。


「え~、男の一人暮らしの部屋に女子だけで行くのぉ~?」


 仕返しに思い切り不安そうな顔をする。


「おまえ、ホントに大丈夫みたいだな。やっぱり一人で行ってこい」


 冷たい声で悠輝が言う。


  本気マジだ、コイツ……


「おじさん! 病み上がりなんだから、姉さんに優しくしてあげてッ」


 永遠が抗議の声を上げてくれる。


「ううッ、我が妹ながらほんまにエエ子や……おじさんとはえらい違うなぁ」


「なんで関西弁なんだよ」


「ねぇ、それならここがいいんじゃない? 姉さんもいるし」


 くだらないボケとツッコミをしている姉と叔父を無視し、永遠が妥協案を提示した。


「お母さんの留守中に勝手に人を上げたら、後で嫌な顔をされるぞ」


「黙ってればわからないでしょ?」


「それでも判るのがおまえのお母さんだろ? それに夕方には帰って来るんだぞ」


 永遠は「しまった」という表情かおをした。


 そう、真藤遙香に嘘や誤魔化しは通じない、名探偵やメンタリストも足下にも及ばない正真正銘の超能力者エスパーだ。


「まぁ、いいだろ。状況が状況だし、後で叔父ちゃんが謝っておくよ」


 永遠がホッとしたように頷いた。


「さすがおじさん、太っ腹!」


 鬼多見が永遠にいいところを見せたのが悔しいので、ベッドから茶化してやる。


「御堂、とっととそうろう先に帰れ」


「居候言うな!」


「もう、おじさん!

 姉さんも病み上がりなんだから大人しく寝てて」


 今度は刹那も叱られた。「はい」と素直に応えてぶたを閉じると、思っていた以上に早く睡魔が襲ってきた。

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